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コーヒーブレイク

模擬裁判員裁判体験記

久保 博之

1  平成21年の5月には行われる裁判員裁判、その運用の経験を積むために、最高裁判所が様々な種類の事件記録を用意し、弁護士会・裁判所・検察庁が膨大な人員と時間をつぎ込んで「模擬裁判員裁判」を行っている。

裁判所や検察庁がその経験をどのようにフィードバックしているかは知る由もないが、各弁護士会での模擬裁判での経験は、例えば私が委員として所属している日本弁護士連合会「刑事弁護センター」などで集約分析され、違法な運用が事前に定着しないかなどの検証が常に行われている。

私は駆け出しの一弁護士に過ぎない。確かに刑事事件は好きだが、まだまだ模擬裁判員裁判の弁護人は、私の順番ではないと高をくくっていた。

2  平成19年秋の刑事問題対策委員会、いつものように出席したところ、次回の模擬裁判員裁判の話になった。次回は最も分量の多い事件であり難渋するだろうと聞いていたのに、いつの間にか私は、月山純典先生及び山崎和成先生と共に、次回の模擬裁判員裁判の3人の弁護人の一人となっていた。本番は12月3日から5日の3日間。決まったからにはやるしかない。

3  平成19年10月下旬、検察庁から弁護側に模擬裁判の起訴状が来る。模擬裁判員裁判の始まりだ。

何度となく弁護団会議が開かれ、弁護方針の検討が行われた。事件は概ねこんな感じだった。

『被告人は32歳の女性、被害者は53歳の男性。女性は元ホステスであり多額の借金を負っており、数年前からは男性の愛人として「水揚げ」されて囲われていた。他方、男性は建設会社の社長であり金回りは良いが、元暴力団員であり特に酔うと手が付けられなくなることがある。この男性はこの女性にはDV癖がある。ある夜、やはり酔って愛人の女性宅に来た男性は、いつもよりも長く40分以上に渡って女性に殴る蹴るの暴行を加えた。台所まで追いつめられた女性は、身の危険を感じて、とっさに目に付いた包丁で男性を刺した。男性は死亡する。』

弁護人としては、正当防衛を主張して無罪を勝ち取りたい事案である。しかしながら、それが困難であることは事件記録を読めば明らかとなってくる。綱渡りのような弁護方針が決まりつつあった。

4  裁判員裁判には公判前整理手続という手続が先行する。ここで検察から証拠が開示されたり、争点が絞り込まれたりする。

こちらの欲しい証拠は、検察もなかなか開示に応じない。手に入れるのには一苦労である。証拠を獲得するための書類作成で日付が変わることもあった。また、現在の法廷実務からは想像の付かないような要望も検察からは出てくるが、下手な前例を作るわけにも行かない。公判前整理手続からして気が抜けない。

5  いよいよ12月3日。これから3日間の連続開廷となり、証人尋問などが連続する。弁護側の最初の尋問は、検察が請求した鑑定医の反対尋問、しかも担当は私である。出来るだけ医学的な専門用語を用いないようにして裁判員の方にも分かるような尋問を心がけたつもりだったが、後の講評ではそれでも裁判員の方には難しかったようである。その後も尋問が続いた。

最終日、懲役10年の検察の求刑、月山先生の弁護側弁論、で法廷は終了し、舞台は裁判員及び裁判官の評議へと移る。評議の場面はモニターを介して法廷で見ることが出来る。裁判員の方々の議論は驚くほど鋭い。しかし、従来の裁判通りに被告人の供述調書から事件を把握した裁判官が、終始裁判員の評議の議論をリードしていた。結論を左右する微妙な評議の場面で、「個人的にはこの被告人は許せない」という暴言を吐く裁判官もいた。好きでもない男性の愛人としてしか生きることの出来なかった被告人の不器用な人生を、この若い裁判官はどこまで理解できるのだろうか。

6  懲役6年。これが模擬裁判員裁判の弁護人として活動した成果である。正当防衛による無罪は手に入れることが出来なかった。

期せずして参加した模擬裁判員裁判。手にしたものも多く、かつ、たどり着くべきところがはるか彼方にあることも分かった。多くの会員とこの体験を共有しながら、「模擬」ではない裁判員裁判に臨みたい。

以 上