弁護士によるコラム

私家版 「景観訴訟」

 薦田 哲

3.11東日本大地震の被災はあまりに深刻で悲惨だ。自然の猛威を改めて感じる。なによりも現代の「科学的な安全性」のもろさを痛感する。こんなとき景観をテーマにすることに躊躇する。しかし、人は地球大変動から生まれ、日本人も数々の天災地変疫病を乗り越え日本文化というものを練り上げてきた。そしてこの風土に耐え高い意識を培った日本人の気質といったものを考えたとき、復興の道しるべともなる景観をあえて選んだ。

1996年から10年余り、私にとっては景観訴訟の時代であった。都市景観、まちなみ景観、自然景観、歴史文化景観など様々な景観とその破壊を問題にした。その中で、景観とは何か、なぜ守らないといけないのかを、一緒に活動する住民や専門家との討議の中で悩み学んできた。いまもって五里霧中である。98年にそれまでの裁判例を私なりに整理したが、特別の景観価値のある対象を前提に眺望景観が問題になっていた 1 。私は、従来の景観概念をあえて押し破ってみた。その一部は裁判でも認められたが、限界を感じるには十分であった。むろん景観訴訟は、さまざまな改革運動の一つにすぎない。以下では景観問題に取り組んできた悪戦苦闘の一端を紹介しながら、改めて景観の意義を考えてみたい。

最初は、国立市大学通り景観訴訟 2 だ。都市景観として高い評価を受けていた国立駅舎と大学通りの景観が高層マンションの乱立で破壊されたという住民の訴えがあった。大学通りという都市景観がいかに住む人の支えになっているか、アイデンティティの主要なものとなっているかを痛切に訴えた。そして個々のマンションも問題だが、その根本原因は都市計画決定が悪いということだ。処分性・原告適格の壁を避けるため、都市計画決定が違法であるとして、国賠請求の形をとった。駅前の容積率を大幅にアップさせた都市計画決定が東京都の指定方針・基準に違反したことを主要争点とした。この訴訟の意義の一つは、都市計画決定では、景観価値が全く考慮されていないことや、審議会や公聴会が形骸化していることを、多くの市民に明らかにした点だ。とりわけ訴訟期間中に市民運動は市全体に広がり、主要メンバーの一人Uが市長となったことだ。99年に発生した明和マンション事件は、このU市長だから問題となったのである。

当該マンション計画に対して、U市長は、対抗手段として高さ規制の建築条例の制定を目指した。反対市議長らのサボタージュにあって議会すら開けなかったが、薄氷を踏むように賛成派議員と協力して電撃的に臨時会を開催し決議した。ところが反対派議員は、臨時会開催を地方自治法違反にあたり、議員の活動が妨害されたとして国賠請求した。むろん市長派は全面勝訴したが、その裁判でいかに条例制定が困難であったかが分かった。しかも画期的な建築条例も、着工前に公布することは困難である。実際、明和マンション事件の除却命令等請求事件の一審では建築実務と異なる解釈で着工前と認定して、建築条例を適用し違法が認められたものの、控訴審では着工ありとして逆転敗訴となっている。

さて、都市景観と対比して、「まちなみ景観」というものを取り上げたい。大学通り景観は、欧米で確立しているランドマーク眺望保全の高さ規制を問題にした。

他方で、この「まちなみ景観」は私流の理解で、一般の住宅地景観を対象にしている。欧米の住宅地を訪れるとその整然とした姿に落ち着きとやすらぎを覚える。その根拠は都市計画法制にある。たとえばイギリスでは新たな開発は隣家の家並みに揃えることが柔軟な基準となっている。北米の場合は詳細なゾーニングである。この内容は市町村単位で異なるが、類型種別が数百に上る自治体もある。基本的に用途種別が詳細で、たとえば住宅系でも戸建てと共同住宅は別種であり、さらにそれぞれ詳細に区分される。また敷地の大きさが街区で決まっていて、建物位置も高さも数値で定まっている。あまりにも詳細すぎると思いつつ、ゾーニングの合法性を認めた1926年ユークリッド連邦最高裁判決 3 以降、緻密化が進んでいることに普遍性を感じる。しかも敷地分割は禁止され、合筆の大規模化もゾーニング変更を要するため議会議決が必要だ。近代的財産権制度を共通にしながら、欧米では住宅地は極めて精緻な規制の下で具体的な形態が保全されている。

では、わが国の都市法制はどうか。何度も繰り返し改正を重ねているが、分権化も形だけで実質的な中央集権の制度枠を維持し、全国一律の定番メニューしかなく、地域特有の景観を形成したり保全することが困難である。景観法など様々なメニューが用意されてきたが、骨格の都市計画法制が開発自由・建築自由を前提にしているため、一人が独自の「最有効活用」を追求を図れば、到底規制につながるメニューの選択とはならない。アバウトな容積率・建ぺい率規制・日影規制などの画一的な数値基準では伝統的な地域住環境やまちなみ景観は守れないのである 4 。以下ではその一端を紹介する。

まず過剰で杜撰な容積率指定が景観破壊をもたらす事例である。場所は旧日光街道の草加宿の形跡を残すまちなみで、草加せんべいの店など低層の店舗兼住宅が建ち並ぶ。しかも昔ながらのウナギの寝床・短冊形地割りである。そこに突如、13階建てマンション計画が起こり、終日の日照阻害や圧迫感などが問題となった。この地の商業地域で400%という定番型用途地域は、明らかに地域性に適合していない。建築差止仮処分や本案訴訟を進める中で、ようやく伝統的な商店街を残す中層の地区計画に向けて驚異的なスピードで手続が進んだが完成を許してしまった。

次は低層の住宅地景観で起こった問題である。鎌倉市は市域の57%が風致地区に指定され、山並みは古都法特別保存地区に指定され、緑豊かな環境である。この風致地区に隣接しほぼ同様の低層住宅地で4階建てマンション計画が勃発した。市のまちづくり条例に基づく高さ規制を内容とする協定が開発地を除く全員の合意で成立し、まちなみ景観訴訟とした差止請求は功を奏しなかった 5 。用途地域が第一種住居地域で容積率200%・建ぺい率60%の壁は乗り越えられない。通りの反対側が第一種低層住居専用地域(一低層)でそれぞれ80%・40%であり、両者の住宅地景観に違いがないにもかかわらず、まったく無視されてしまうのである。

では、一低層であれば快適な住環境を守れるだろうか。武蔵野市の屋敷林側にある閑静な住宅地でのミニ分譲が問題となった。原告は、一低層で日照を確保するため南側に奥行き3m~5mの庭にしていたが、この分譲により一階部分が終日日影となった。なぜこれが建築確認をパスするか。原告宅に面する土地は5区画に区分され、各100㎡の敷地で5棟立地し、しかも高さ10m未満のため日影規制がかからないためである。しかしこれら複合日影では日影規制を実質的に大きくオーバーしており、日照阻害が問題となった。一審は日影規制違反を認めなかったが、配慮不足を理由に受忍限度違反を認めた。これも無規制の敷地分割が問題となりうる一例である。

一低層の開発で大きく話題となったのは地下室マンション問題である。平成6年の地下室容積率不算入制度の導入をきっかけに、当初の地下1階地上3階といったものから次第にエスカレートして、地下6階地上3階という、「高層建物」が首都圏各地に出没した。私たちがあちらこちらで審査請求や訴訟を提起していく中で、横浜市がN市長の肝いりで市内で問題となった事例を研究し、ついに地下室マンション規制条例を策定し、川崎市・横須賀市も続き、ようやく極端化は下火となった。横浜地裁も、この条例の影響もあってか唯一一件だけ差止請求訴訟において建築基準法違反を認定し違法判断をした。

上記のような景観問題へのアプローチは、いわば景観工学的な要素に偏重したきらいがある。これに対し自然景観や歴史文化的景観は文化的価値や生態系的価値判断が重視されよう。広島・鞆の浦世界遺産訴訟は、埋立免許について仮差止制度を活用しつつ、免許差止を勝ち得た点で金字塔的前例を作ることができた 6 。景観判断についても、従来の公共事業における景観アセスメント手法が眺望景観に偏重していることに依拠せず、文化的価値を動態的・機能的に考察して、主要な景観要素を評価し、埋立や橋建設により大きく阻害される点を認定するなど評価できる。環境省の景観アセスメントガイドラインは、他の省庁にほとんど採用されていないが、囲繞景観や生態学的アプローチといった本来的考察に資するものとなるべきであろう。

最後に、高尾山天狗裁判を取り上げたい。首都圏環状道路である圏央道を高尾山に通すとことに反対して、10年以上にわたった訴訟を展開している。争点が多岐に別れるが、1000名以上の原告が長い闘いを継続できているのは、高尾山にトンネルを通すことが精神的支柱である「風土生命体」を犯すという、景観概念の根本を問い直す問題提起ではなかろうかと思う。年間250万人が訪れ、ミシェラン三つ星の称号を得て、イギリス全土の生物種数に匹敵する多様な生態系を誇る高尾山は、都会生活に疲れた命の絆と考える人が少なくない。このような景観概念も一つの問題提起ではなかろうかと思っている。

今、和歌山・橋本に移り、わが家の竹林再生や休耕田の復旧に心がけ、農村景観の再生を今度は自らの手でやってみようかと思っている。

1 「景観破壊に対する判例の考察と新たな景観問題」「環境と公害」第28巻第2号所収
2 東京地裁八王子支部平成13年12月10日判決・判例時報1791号86頁
3 (Village of Euclid v. Ambler Reality Co., 272 U.S. 365(1926)
4 日弁連07年11月2日決議「持続可能な都市をめざして都市法制の抜本的な改革を求める決議」参照
5 東京高裁平成13年6月7日判決・判例タイムズ1070号271頁参照。
6 広島地裁平成21年10月1日判決・判例時報2060号3頁

以 上

注:和歌山弁護士会「会報(第78号)」(2011年5月発行)より転載。