意見書

個人保証制度の抜本的改正を求める意見書

2013年(平成25年)5月15日
和歌山弁護士会
会長 田中 祥博

第1 意見の趣旨

1 個人保証を原則として廃止すること。

2 個人保証の例外は,経営者保証等極めて限定的なものに限るものとすること。

3 例外として許容される個人保証においても,以下に掲げる保証人保護の制度を設けること。

(1)現行民法に定める貸金等根保証契約における規律(民法第465条の2ないし第466条の5)を個人が保証人となる場合のすべての根保証契約に及ぼすものとすること。

(2)債権者は,保証契約を締結するときは,保証人となろうとする者に対する説明義務や債務者の支払能力に関する情報提供義務を負い,債権者がその義務に違反した場合は,保証人は保証契約を取り消すことができるものとすること。

(3)債権者は,保証契約の締結後,保証人に対し,主たる債務者の遅滞情報を通知する義務を負うこと。

(4)過大な保証を禁止する規定や保証債務の責任を減免する規定を設けること。

第2 意見の理由

1 保証契約の特色と保証被害

個人である保証人は,親族や知人から「決して迷惑をかけない」として保証人となることを依頼された場合,情誼から断ることが容易ではない。また,保証契約の時点では財産の拠出等の目に見えた負担は求められないことに加えて,保証債務履行請求がなされることなく済む場合も多いため,将来の負担を現実的なものと考えずに保証契約に応じてしまうことが多い。しかも,個人である保証人は,主債務者の履行能力や自らのリスクを把握する知識・経験・能力が十分ではない。

保証契約は,このような危険な取引類型であるにもかかわらず,個人保証の場合,保証人が対価を取得することは稀であり,対価的な均衡を欠くものである。

そして,保証債務が現実化した場合には,保証人は,想定を超える債務の負担を強いられ,経済的な破綻を招くことが少なくない。例えば,日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「2011年破産事件及び個人再生事件記録調査」によれば,破産においては約19%,個人再生においては約9%が保証を原因としている。また,内閣府の「平成24年版自殺対策白書」によると,平成23年の自殺者総数は30,651人であり,その内の原因・動機特定者において,経済・生活問題を原因とする自殺は約28.4%を占めている。

法的倒産手続の原因に占める保証の割合からすれば,経済・生活問題を原因とする自殺のうち,相当程度が保証を理由とするものと推測される。

2 裁判による救済の不十分性

裁判実務は,真意ではなく又は過大な保証契約を締結した保証人の保護について,錯誤論や信義則,公序良俗違反,権利濫用などの一般原則による解決を指向しているが,十分な保護は図られていない。

3 形成されつつある金融実務

平成18年以降,各地の信用保証協会は,保証申込のあった案件について,原則として,経営者本人以外の第三者を保証人として求めていない。金融庁も,平成23年7月14日付で「主要行等向けの総合的な監督指針」及び「中小・地域金融機関向けの監督指針」を改正し,「経営者以外の第三者の個人連帯保証を求めないことを原則とする融資慣行の確立」を明記し,民間の金融機関に対し,同原則に沿った対応を求めている。

すなわち,一部の金融実務においては,経営者保証を除き,個人保証を不要とする実務慣行が生じつつあり,他方,これによって円滑な金融が妨げられるなどの実害もみられない。

4 個人保証の原則禁止

このように,金融実務をはじめとする社会の動向も個人保証を原則として廃止する方向に進もうとしているのであり,上記のとおり深刻な被害と社会的損失を発生させている個人保証については,原則としてこれを廃止すべきであり,個人保証を一定の範囲で認めるとしても,その場面は主債務者が会社である場合の法人代表者による経営者保証等ごく限られた範囲に限定されるべきである。  

ただし,経営者保証についても,経営者が多額の保証債務を抱えることが新たな事業への再チャレンジの阻害要因となり,また,中小企業の事業承継の妨げになるなどの意見も多数指摘されていることから,将来的な見直しが引き続き検討されるべきである。

5 補完的な規制

経営者保証等の個人保証を例外的に許容する場合においても,前述のような保証に起因する被害を防止し,保証人の保護を図るため,以下の方策を整える必要がある。

(1) 現行民法には,貸金等根保証契約について,個人である保証人が予期しなかった過大な保証債務の履行を請求される危険性があるため,極度額や保証期間の定め等に関する規定が存在するが,貸金等根保証契約以外の根保証契約に関しては,これらの規定は適用されない。しかし,上記のような根保証の危険性は貸金等根保証契約に限らないのであって,個人保証を例外的に許容する場合においても,それが根保証契約であるならば,一般的に現行民法の貸金等根保証契約に関する規制を及ぼすべきである。

(2) また,保証は,その情誼性・無償性・軽率性・結果の不可視性などからトラブルの多い契約類型であり,保証に関する紛争では,保証人が保証の意味を知らなかった,あるいは主債務者の資力は十分であって保証履行することはないと誤信していたなどの事情が背景となることが多々ある。そこで,個人保証を例外的に許容する場合においても,保証契約締結にあたり,債権者は,保証人となる者に対し,説明義務や債務者の支払能力に関する情報提供義務を負うものとすべきであり,また,これら義務の実効性を確保するため,義務違反の効果として取消権を認めるべきである。

(3) さらに,保証契約締結後について,現行法においては,主債務が履行遅  滞となった場合,債権者は,保証人に対しても当然に遅延損害金や期限の利益喪失を主張できる。しかし,通常は主債務の履行遅滞を知る術がない保証人にとって不意打ちとなり,予期せぬ不利益を生じさせることになる。そこで,個人保証を例外的に許容する場合においても,保証人に主債務の遅滞に対する対応を取る機会を確保するため,債権者に対し,保証人への主債務者の遅滞情報の通知の義務を課し,これを怠った債権者は,保証人に対し遅延損害金や期限の利益の喪失を主張できないものとすべきである。

(4) 以上のほか,保証人となった者が主債務者の破綻により過大な債務負担を強いられて自らの生活基盤を破壊され,最終的に自己破産の申立てをせざるを得なくなったり,あるいは自殺に追い込まれたりすることを回避するため,過大な保証を禁止する規定や責任減免規定を設けることが適当である。

6 法制審議会の中間試案

法制審議会の民法(債権関係)部会(以下,「部会」という)は,平成21年11月から,民法(債権関係)の改正に関する検討を始め,平成25年2月26日には「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」が決定された。

この中間試案においては,①個人保証については,「貸金等根保証契約」及び「債務者が事業者である貸金等債務を主たる債務とする保証契約であって,保証人が個人であるもの」に関する保証契約について,いわゆる経営者保証を除いて無効とするかどうかについて,引き続き検討することとされた。また,②貸金等根保証契約に関する民法第465条の2及び第465条の4の規律につき,保証人が個人である根保証契約一般に適用を拡大し,第465条の3の規律につき,その適用範囲を同様に拡大するかどうか引き続き検討するとされたほか,③保証人保護の方策として,契約締結時の説明義務,情報提供義務,主たる債務の履行状況に関する情報提供義務,及び保証人が個人である場合の責任制限の方策の考え方が示され,これらについて引き続き検討するとされている。

前記のように深刻な被害と社会的損失を発生させている個人保証について,部会がこれを大きく制限する方向で検討しはじめたことは大いに評価することができる。

しかし,この中間試案の内容では,債務者が消費者である場合や貸金等債務以外の債務を主たる債務とする場合には依然として個人保証が許容されるなど,まだまだ保証人保護において不十分な面があると言わざるを得ない。

7 まとめ

よって,当会は,意見の趣旨記載の意見を表明するものである。