申入書

大阪刑務所長 殿 丸の内拘置支所長 殿

2019年(平成31年)2月20日

和歌山弁護士会 会長 山下 俊治

第1 申入の趣旨

丸の内拘置支所の各居室へのエアコンの設置を求め,また,未決拘禁者の要望に応じ防寒着や寝具の増貸与その他の防寒対策を至急採ることを求める。

第2 申入の理由

1 本申入を行うこととした経緯

「拘置支所の居室が寒い。」と,複数の未決拘禁者からしばしば言われる。丸の内拘置支所は建物が老朽化しており窓が完全に閉まらないため隙間風が入ってくる,とのことである。丸の内拘置支所の居室や廊下には暖房設備がなく,日中は布団をかぶることも禁止されているため,未決拘禁者は服を着込んだりカイロを購入すること等で防寒対策を行っているが,それでも寒い,とのことである。和歌山市の冬の最低気温は0度に近い時もあり,最高気温も10度に達しない日が多くあるため,単に手持ちの服を着こむなどの対策では未決拘禁者が「寒い」と述べるのは当然である。

およそ刑事施設内において,被収容者の居住環境に十分配慮されるべきであることは当然であるが,ことさら未決拘禁者において,このように拘置支所内で十分に暖を取れないことという現状は,以下に述べるとおり,複数の重大な問題がある。

2 現状の問題点
⑴ 無罪推定の原則に反する取り扱いであること

無罪推定の原則により,未決拘禁においては,何人も,有罪判決を受けるまでは,それにふさわしい処遇を受けなければならない。未決拘禁の目的は罪証隠滅または逃亡の防止であり,この限りで未決拘禁者が権利の制約を受けることはありうる。しかし,暖房もない劣悪な環境に未決拘禁者を留め置くことは,上記目的とは無関係であって決して許されない。

そもそも,生活保護受給者に対して冬季加算として暖房費が支給されることからすれば,「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)の中には,暖房設備がある場所で過ごすことも含まれていると解される。また,国連被拘禁者処遇最低基準規則13条も,暖房について「適切な考慮が払われていなければならない」と規定している。暖房はぜいたく品などではなく,むしろ拘置所が当然に備えるべき設備とされているのである。

それにもかかわらず,未決拘禁者を暖房がない劣悪な環境に留め置くことは,罪証隠滅または逃亡の防止に必要な限りにおける権利の制約を大きく超え,個人の尊重,生存権,適正手続の保障,拷問及び残虐な刑罰の禁止を定めた憲法の各条項(憲法13条,25条,31条,36条),被拘禁者の人道的な取扱いや無罪推定原則を定めた市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下,「自由権規約」という。)及び国連被拘禁者処遇最低基準規則等に反していると言わざるをえない。

⑵ 防御権の侵害となること

未決拘禁者に防御の機会が保障されるべきことは,憲法31条や自由権規約等に照らして明らかであり,防御権の保障は,未決拘禁者にとって最も重要な権利であるといって過言ではない。近年の刑事訴訟法改正で裁量保釈の考慮事情が明文化されたが(刑事訴訟法90条),その中でも身体拘束の継続による防御の準備上の不利益が考慮要素として挙げられている。また,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律31条においても,「未決拘禁者の処遇に当たっては,未決の者としての地位を考慮し,その逃走及び罪証の隠滅の防止並びにその防御権の尊重に特に留意しなければならない。」として,未決拘禁者については,特に防御権の尊重に配慮するよう明文で定められているところである。

未決拘禁者を寒さに震える環境に置いた場合には,寒さにより健康を害し,訴訟資料を十分に読み込むことすらできないという事態を生じさせるおそれがある。そのような事態を生じさせなかったとしても,少なくとも寒さにより集中力を欠いた状態で訴訟記録の検討をさせ続けることになる。このような状況では,未決拘禁者が十分な防御の準備などできようはずもない。

したがって,暖房もない環境に未決拘禁者を留め置くことは,未決拘禁者の防御権の重大な侵害であり,許されないものなのである。

3 最後に

平成18年1月,神戸拘置所において未決勾留中の者が凍死するという事態が生じた。これは窓を開放したままにしたという職員の落ち度にも起因したものではあるが,現在の丸の内拘置支所の現状に鑑みれば,未決拘禁者が寒さにより健康を害する可能性も十分ありうるところである。刑事施設内での凍死事例としては,昭和51年2月に大阪拘置所において保護房に収用中の者が凍死し,国の責任が認められた事件(大阪地判昭和58年5月20日)のほか,平成20年2月にも大阪刑務所に収容されていた受刑者が凍死したという事案も発生している。さらに今年1月,名古屋刑務所において,205名もの受刑者が集団でインフルエンザに罹患したという報道がなされたところであるが,適切な採暖措置がなされない限り,このような集団感染は今後いつ起こってもおかしくないし,ひとたびそのような状況に陥れば,体力に劣る者の中には重症化し,場合によっては命を失う者が出ることにもなりかねない。そのような死亡事例や集団感染事例が発生しかねないような居住環境においては,当然,防御権の保障など不可能であることは自明である。

そして,第2項で指摘した問題は憲法や条約にも反する非常に重大なものであって,早期に対策を取らねばならないものである。

そこで,冒頭のとおり,丸の内拘置支所の各居室にエアコンの設置を求め,また未決拘禁者の要望に応じて防寒着や寝具の増貸与等の防寒対策を至急採ることを求める。

以上