声明・談話

カレー毒物混入事件についての会長談話

1998年(平成10年)11月24日
和歌山弁護士会 会長 田中 昭彦

去る10月4日、和歌山県警察本部は、保険金疑惑に関して殺人未遂、詐欺などの罪名により、本年7月25日に和歌山市園部の自治会主催夏祭りで発生したカレ-毒物混入事件の現場付近に居住する夫婦を逮捕した旨発表した。保険金疑惑に関するこれらの被疑事実は、前記カレ-毒物混入事件に関連して浮かび上がってきたものであり、この経過からみても、今後この逮捕・勾留を利用してカレ-毒物混入事件に関する捜査が進められることは当然に予想できるのである。

当会は、このような経過をふまえ、カレ-毒物混入事件に関連すると思われる逮捕者が出た場合には、当番弁護士の要請にすぐに応えられ特別体制をとってきたが、本日、被疑者らの私選による弁護団が構成されたとのことである。これにより、当会の当番弁護士体制は目的を終了したが、従来、このような社会の注目を浴びた事件について弁護人が就任すると、何故そんな人間を弁護するのかというような論調の意見が見られるので、本件の重大性に鑑み、被疑者段階から刑事弁護人を選任することの意義について、地元和歌山弁護士会会長としての見解を述べる。

身柄拘束された被疑者が直ちに弁護人を依頼する権利を有するというのは、刑事手続の適正手続を保障する近代刑事訴訟法上の大原則であり、わが国においても、憲法34条で「何人も、・・・・・直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ、抑留又は拘禁されない」と定め、身柄拘束された被疑者に弁護人選任権があることを明示しているのである。弁護人は、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の社会的使命を果たすために、上記の刑事訴訟法の原則を貫いて活動するのであるが、その活動は、被疑者・被告人の無罪を主張して活動する場合もあり、被疑者・被告人が被疑事実を認めている場合であっても、捜査機関が違法な捜査をしていないか監視する、過剰な刑罰を科せられることのないように主張する、被告人が再び罪を犯さずに立ち直るように尽力する、などさまざまな弁護活動を行う。

特に、被疑者段階では、捜査機関が捜査に熱心な余り行きすぎた捜査を行う危険性や、捜査官の思い込みや誤解などから虚偽の自白調書がとられる危険性があり、それにより裁判で被告人が不利益に扱われる危険、冤罪により死刑台から生還した免田事件や松山事件のようにやってもいない犯罪を犯したと認定されて有罪とされる危険性があることから、被疑者段階から弁護人がつくことはたいへん重要である。

本事件の捜査・取調べは、報道機関が集中して報道しているように、カレ-毒物混入事件との関連が社会的に大きな関心を集めている中でのことであり、そうであるからこそ基本的人権を擁護し、適正な刑事訴訟手続きを実現するための弁護人の活動の意義は大きいといえるのである。

今回の刑事私選弁護人の就任ということは、弁護士の社会的使命の達成のために必要かつ重要なことである。国民の皆様が、今回の刑事弁護人の活動について正しくその意義を理解されることを希望するものである。

なお、当会では、これまでにカレ-毒物混入事件の被害者に対する法律相談体制の充実を図り、また、報道機関の取材や報道による平穏な生活の侵害などに対しても会長声明を発するなど、多方面にわたって活動してきているが、今後とも基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士会の社会的使命を果たすためによりいっそう努力する決意である。

以 上