声明・談話

合意による弁護士報酬敗訴者負担法案に反対する会長声明

1  政府は2004年(平成16年)3月2日「民事訴訟費用等に関する法律の一部を改正する法律案」(以下「本法案」という)を国会に上程し、当事者の合意による訴訟代理人報酬敗訴者負担制度を導入しようとしている。この制度は、訴訟代理人を選任している当事者双方の共同の申立があるときには、本法案別表記載の訴訟代理人報酬額を訴訟費用に含めること(合意制)を主な内容とする。

しかしながら合意による訴訟代理人報酬敗訴者負担制度は、弁護士費用の負担に関する不安から市民に訴訟を思いとどまらせ、司法アクセスを阻害する効果を持つだけであって、何らの合理性もない。

2 そもそも訴訟代理人報酬を敗訴者に負担させるという制度は、勝敗の行方を判断し難い訴訟の現実を無視したものであるとともに、新たな権利の創造・確認を求めるような訴えを著しく困難にする。この点については当会が2003年(平成15年)2月22日に決議したとおりである。

そして合意制を導入した場合でも、敗訴者負担制度が持つ問題点は一切解消されない。即ち証拠の偏在や、法令の解釈が定まっていないなどの事情から敗訴リスクが存在し、緻密な検討の結果合意に応じなかった場合でも、「合意に応じなかった」という事実が「主張に理由がないことを自認している」と評価され、裁判所の不利益な心証形成につながりかねない。そのため当事者は敗訴者負担の合意に応じるべきか常に悩まされ、相手方の訴訟代理人費用を負担する危険を回避できない。

また例えば訴訟提起を考えている消費者に対して、事業者が不適切な説明を行うなどして、「訴訟代理人費用は裁判に負けた方が全て負担する」という情報が独り歩きし、結果的に多大な訴訟萎縮効果を招くおそれがある。特に和歌山県は広大な弁護士過疎地域を抱え、司法制度や弁護士報酬に関する情報が必ずしも行きわたっていないのが実情であるから、殊更こうした弊害が危惧される。

3 弁護士費用敗訴者負担制度を推進する論者は、不当な訴訟提起を抑制できるという効用を説く。しかし合意制を採用する場合にはこうした効用も全く期待できない。なぜなら不当な訴えを提起し、敗訴の可能性を十二分に認識している者が、敢えて敗訴者負担の合意に応じるとは到底思えないからである。

4 就業規則や各種フランチャイズ契約、消費者契約などに敗訴者負担条項が盛り込まれた場合について(私的契約)、本法案は実体法上の効果を明確に否定していないが、これは看過し難い重大な問題点である。

仮にこの法案が可決されれば、その事実が呼び水となって敗訴者負担条項が私的契約に次々と追加されていき、その効力をめぐって紛争が繰り返されるのは必至である。そしてこのように不透明な状況から、労働者、フランチャイジーである中小企業、消費者といった弱い立場に置かれやすい者が、相手方の弁護士費用を負担させられる危険を恐れ、訴訟提起を断念する可能性も高い。

5 上記のとおり本法案の内容が実現した場合、市民の司法アクセスを阻害し、司法の現場に無用かつ重大な混乱を招く。これは訴訟をより利用しやすいものとし、公正な司法制度を通じて権利の実現を図るべきであるという理念と明らかに背反する。その一方で本法案は濫訴の防止にも全く役立たないものであり、どこにも合理性を見出すことはできない。

よって当会は断固として本法案の内容に反対し、廃案とすることを強く求める。

2004年(平成16年)8月10日
和歌山弁護士会
会長 松原 敏美