声明・談話

共謀罪の新設に反対する会長声明

2005年(平成17年)11月24日
和歌山弁護士会
会長 田中 繁夫

政府は、次期通常国会で、いわゆる共謀罪を含む「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」の成立を図ろうとしている。

この共謀罪は、死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められている罪について、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を共謀した者を5年以下の懲役又は禁錮に処するものとし、長期4年以上10年以下の懲役又は禁錮の刑が定められている罪について、同様に共謀した者を2年以下の懲役又は禁錮に処すると定めている。

しかし、当会は、次に述べる理由により、この共謀罪の新設に対し、強く反対する。

1 共謀罪は、国連の越境組織犯罪防止条約の適用範囲を逸脱している。

政府は、共謀罪の新設について、2000年1月15日に採択された「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」に基づき、国内法化を図ったものであると説明する。

しかし、同条約第3条は、条約適用範囲として、「性質上越境的であり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と規定している。それにもかかわらず、共謀罪は、条約の中核的な要件である「性質上越境的なもの」「組織的犯罪集団」との要件は取り払われており、国内における長期4年以上の懲役又は禁錮を法定刑とする約560もの純然たる国内犯罪に適用される一般的な規定となっている。

さらに、条約では、「金銭的、又は物質的な利益を得る目的」「重大犯罪や条約に規定された犯罪を行うことを目的として協力して行動する者」という限定がなされているが、共謀罪においてはそのような限定もなく、団体性と組織性だけであって、政治的宗教的目的の行為も対象となり、普通の労働団体や市民団体も対象となることとなり、団体性のある全ての共犯事件に適用されてしまう恐れが生じる。

従って、共謀罪は、条約が求める範囲をはるかに逸脱し、極めて広い範囲の行為を処罰対象としてしまう恐れがある。そして、政府も認めるように我が国にこのような共謀罪を必要とする立法事実もなく、本法案は到底是認できるものではない。

2 共謀だけで犯罪の成立を認めることは、罪刑法定主義に反し、刑法の人権保障機能を失わせる。

我が国においては、既に判例によって共謀共同正犯が認められているが、この場合でも一部のものが犯罪の実行に着手することが、実行行為に加わらなかったものについて犯罪が成立するための要件である。

しかし、共謀罪は、共謀した者が犯罪の実行に着手しなくても共謀そのものを犯罪とするものであり、共犯従属性説に立脚した従来の我が国の刑法の基本原理を根本的に転換するものである。

しかし、現在、共謀罪を立法している国においても、犯罪の合意だけで犯罪が成立するとしている立法例は少ない。アメリカ模範刑法典も、「合意の目的を達するための顕示行為が自己または他の合意者によって行われたことの立証」を要件としているが、このように共謀罪を制定している国でも多くは共謀に加えて、共謀後の打ち合わせ、犯行手段や逃走手段の準備など何らかの「顕示行為」の存在を共謀罪の成立要件としている。

このように諸外国の例に比べて政府が制定しようとしている共謀罪はまさに人の内心そのものを処罰するものであって、思想・良心の自由を定めた憲法第19条に違反するものであり、また、犯罪構成要件が余りに無限定かつ不明確であり、罪刑法定主義の精神に反し刑法の人権保障機能を失わせるものであって、憲法第31条の精神に違背するものであるから、認めることは出来ない。

3 そのほかにも多くの問題点がある。

法案は、犯罪が行われないままで処罰をするものであり、かつ、合意を実現するための何らの「顕示行為」も必要ではないから「共謀」すなわち話し合いそのものの立証だけでよいことになる。

しかし、このような構成要件を広範に認めることは、この話し合いそれ自体を捜査の対象にすることになることから盗聴法の濫用やさらなる盗聴法制の整備に道を開くことになることが指摘されている。

また、自首による刑の減免規定の存在は、構成員の一部に処罰しないから自首をするようにという働きかけの契機となり、のみならず利益誘導や一定の取引の道具に利用されかねないものであり、これによってNGOや労働組合などを壊滅させる手段として使用されかねないとの疑念も指摘されている。

4 以上のように、共謀罪規定の新設は、今後の我が国の刑事司法のあり方にも大きな否定的影響を与えかねないものであるが、これを必要とする立法事実はなく、国連条約の必要性の範囲を逸脱しており、かつ、憲法第19条及び第31条に違背するものである。

よって、当会はその危険性を指摘するとともに、この新設に断固反対するものである。