声明・談話

「弁護士から警察への依頼者密告制度」立法(ゲートキーパー立法)に反対する会長声明

2006年(平成18年)6月7日
和歌山弁護士会
会長 岡 田 栄 治

和歌山弁護士会は、弁護士に対して、マネーロンダリング・テロ資金の「疑わしい取引」を警察庁に報告する義務を課す、「弁護士から警察への依頼者密告制度」立法(以下、ゲートキーパー立法という)について、平成18年3月14日、これに反対する会長声明を出しているが、ここに改めてゲートキーパー立法に対し強く反対するものである。

1 ゲートキーパー立法とは、犯罪収益やテロ資金の移動に利用され得る一定の取引の代理人や助言者としてこれらに関与する弁護士や会計士等の専門家を取引のゲートキーパー(門番)とし、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ資金の移動を見張らせ、政府の金融情報機関(略称FIU)にその疑いのある取引を報告させることで、これらの犯罪行為を抑止しようとするものである。

これは、平成15年6月、マネーロンダリング・テロ資金対策を目的として、OECD加盟国などで構成する政府間機関の金融活動作業部会(略称FATF)が、従前の金融機関等に加え、新たに弁護士などに対しても、不動産売買等の一定の取引に関し「疑わしい取引」の報告義務を課すことを勧告したものである。

これを受けて、政府は、平成16年12月、FATF勧告の完全実施を決め、更に平成17年11月17日、その報告先のFIUを従来の金融庁から警察庁に移管し、平成18年中に法律案を作成して、平成19年の通常国会に提出することを決定した。

2 しかしながら、弁護士に対して、刑事罰等の制裁を背景として、依頼者の「疑わしい取引」に関する情報を警察庁に報告する義務を課するという制度は、守秘義務と公権力からの独立を不可欠とする弁護士の職務の本質と相反するものである。

弁護士の使命は、公権力から独立して依頼者である市民の人権と法的利益を擁護することにあり、その職責を果たすため、弁護士は依頼者に対して、職務上知り得た依頼者の秘密を守る義務があり、これは国家機関を含む第三者に対する関係では重要な権利である。

市民は、弁護士に守秘義務があり、その義務が法的に保証されているから、弁護士に真実を語り、また、弁護士は、市民が真実を語るからこそ、法を遵守して行動するよう適切な助言をすることができるのである。もし仮に、政府が企図しているようなゲートキーパー立法が成立したときには、市民は、自ら述べたことが弁護士から警察庁へ通報されることを懸念して、弁護士に真実を語ることを躊躇するようになり、そのため弁護士から適切な助言が受けられず、法の遵守を図ることができなくなる。

更に、弁護士が依頼者の信頼を裏切って警察庁へ報告せざるを得ないため、市民の弁護士へのアクセスが著しく阻害される事態となる。

3 加えて、政府の決定では、報告先としてのFIUを警察庁としているが、弁護士は刑事弁護活動など多くの場面で、警察機関と対抗することを職責上不可避としており、その弁護士が依頼者から得た情報を、単に「疑わしい」というだけで、依頼者本人の知らないうちに密告させるというのは、弁護士の存在基盤である公権力からの独立性を脆弱化して、国民の信頼を失わせ、弁護士制度の基盤を大きく阻害し、ひいては司法の独立を侵害する結果となるものである。

このような事態は、弁護士の国家権力からの独立を保障した上で、国民の適切な弁護を受ける権利を保障しようとする弁護士制度の根幹を揺るがすものである。

4 よって、当会は、弁護士に対して警察庁への報告義務を課そうとする制度が、基本的人権の擁護と社会正義の実現を目的とする弁護士制度を根本から侵害するおそれがあることから、ゲートキーパー立法に対し改めて強く反対するものである。