声明・談話

犯罪被害者等参加制度の導入に対する会長声明

2007年(平成19年)5月15日
和歌山弁護士会
会長 中川 利彦

第1  声明の趣旨

本会は、犯罪被害者及びその遺族(以下「犯罪被害者等」という)が刑事裁判手続に直接関与することができる制度(以下、「犯罪被害者等参加制度」という)を直ちに導入することには反対する。

第2  声明の理由

1  法案の提出に至る経緯及び本会の基本的視点

本年3月13日、内閣は「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」(以下「法案」という。)を国会に提出した。

これは、平成16年12月8日に成立した犯罪被害者等基本法(平成17年4月1日施行)第18条を受けたものであり、また、現在多くの犯罪被害者等が刑事裁判の現状について不満を持ち、できるだけ犯罪被害者等が刑事裁判手続に直接関与できるようにとの強い要請が背景となっている。

確かに、これまで犯罪被害者等に対して充分な支援がなされてこなかったことは事実である。そして、犯罪被害者等に対する様々な支援(必要な情報の提供、捜査機関・マスコミ等による二次被害の防止、精神的及び財政的支援等)が急務であることは言うまでもない。

ただし、今回提出された法案には、これまでの我が国刑事裁判制度の根幹を大きく変容させるものとして、犯罪被害者等参加制度の導入が含まれている。

犯罪被害者等参加制度は、故意の犯罪行為により人を死傷させた罪、強制わいせつ及び強姦の罪、業務上過失致死傷等の罪、逮捕及び監禁の罪並びに略取、誘拐及び人身売買の罪等について、参加を申し出た犯罪被害者等に対し、「被害者参加人」という法的地位を与え、被害者参加人としての公判期日への出席、情状に関する事項についての証人尋問、被告人質問、検察官の意見陳述後の求刑を含む弁論としての意見陳述等を認める規定を設けている。

しかし、それらには以下のような多くの問題点がある。

2  刑事裁判制度の構造を変容させるおそれがある

刑事裁判制度は、検察官と被告人・弁護人との二当事者の対立構造で成り立つものである。

しかし、犯罪被害者等参加制度は、犯罪被害者等に対し「被害者参加人」という訴訟当事者又はこれに準ずる地位を与え、検察官が訴因として特定した事実の範囲内という限定はあるものの、被告人の処罰を求める目的で、検察官の活動から独立した訴訟活動を行うことを認めようとするものである。したがって、これは、正に刑事裁判制度の構造を変容させるおそれがあると言わなければならない。

3  真実の発見に支障を来すおそれがある

本来、刑事裁判手続においては、予断と偏見を排除して、被告人が法廷において自らの生い立ち・犯行に至る経緯・動機・公訴事実に対する主張や反論・反省の気持ちなどを自由に供述できる環境が作られなければならないとされている。

しかし、結果の重大性に圧倒され、検察官の主張に対して言うべきことを言えない被告人は少なくない。特に被告人の過失の存否、正当防衛の成否、被害者の落ち度という重大な争点については、結果が悲惨であればあるほど、被告人はこれらの点を主張すること自体が心理的に困難な状況に置かれている。このような現状の下において、犯罪被害者等が刑事裁判手続に当事者として参加すれば、被告人が自由に発言することはますます困難になることが予想される。

例えば、被告人が犯罪被害者等から直接に質問を受けた場合に、犯罪被害者等の気持ちを考えれば考えるほど、犯罪被害者等の心を乱すような発言をすることはためらわれる。そうすると、被告人としては供述したいことが事実であっても供述することを控え、沈黙せざるを得ない、ということも考えられる。

結局それは、結果として真実発見を困難にするものであって、刑事裁判手続の本来の目的達成を困難にしてしまうものである。

4  被告人の防御活動を困難にするおそれがある

刑事裁判手続においては、無罪推定の原則、黙秘権の保障、検察官の立証責任等、被告人の防御を考慮した様々な原則があり、被告人の権利を保障している。これらは、被告人が強大な警察権力と検察官による訴追活動と対峙しなければならない厳しい立場に立たされることによるものである。

しかし、犯罪被害者等参加制度が導入されると、犯罪被害者等は、検察官が訴因として特定した事実の範囲内という限定はあるものの、検察官の訴訟活動とは異なる別個の訴訟活動を行うことがあり得るが、これによって、被告人の防御すべき対象が拡大することとなる。

また、公判前整理手続に付された場合には検察官と弁護人が争点を整理して公判の審理に臨むことになるが、被害者等参加制度によって、整理された争点以外の質問等が犯罪被害者等によって行われることがあり得る。

そうすると、被告人は突然の事態に対応せざるを得ず、被告人の防御活動を困難にするおそれがある。

5  証拠法則が空洞化し、事実認定が困難になるおそれがある

事実認定については、判断資料となりうる適正な証拠にのみ基づいてなされなければならないという証拠法則が存在する。

ところが、犯罪被害者等参加制度が導入されると、犯罪被害者等は、罪を犯したとされる被告人を前にして、怒りや悲しみなどの感情を前面に出して質問を行うことが予想される。これに対して、被告人が感情的に反発することも十分にあり得る。

このように、法廷で犯罪被害者等と被告人とが直接対峙して感情的な質問や応答がなされた場合、犯罪被害者等の意見や質問が過度に重視され、証拠に基づく冷静な事実認定に強い影響を与えるおそれがある。

6  犯罪被害者等支援

多くの犯罪被害者等が刑事裁判手続に対して抱いている不信ないし不満は、捜査結果や事件内容、手続について十分な情報提供がなされていないため、「なぜなのか」「どうなっているのか」知りたいという気持ちが充たされなかったことや検察官の訴訟活動に自分たちの思いが十分に反映されてこなかったことに由来しているものと考えられる。

そこで、日本弁護士連合会が提唱している、

① 犯罪被害者等の検察官に対する質問・意見表明制度の導入

② 犯罪被害者等に対する公費による弁護士援助制度の導入

をまずは実現すべきである。

そして、それら制度の成果や限界について検証を行った上で、改めて、犯罪被害者等参加制度導入の必要性、制度導入に伴う弊害等の問題点等につき検討すべきである。

7  結語

以上の理由により、本会は、犯罪被害者等に対する支援のあり方についてさらに十分な議論を尽くすべきであると考えるので、直ちに犯罪被害者等参加制度を導入することには反対する。