声明・談話

生活保護基準の引き下げを行わないよう求める会長声明

2018年(平成30年)2月23日
和歌山弁護士会
会長 畑 純一

1.生活保護基準引き下げの具体的内容

1 政府は、2017年12月22日、生活保護費のうち食費や光熱水費に充てる生活扶助の基準を、最大5%引き下げ、年間160億円を削減することを含む新年度予算案を閣議決定した。2004年からの老齢加算の段階的廃止、2013年からの生活扶助基準の削減(平均6.5%、最大10%)、2015年からの住宅扶助基準・冬季加算の削減に引き続く改定となる。

2013年の生活扶助基準の削減に際しては、低所得世帯を中心とする国民の生活に甚大な影響を与えるとして、当会も反対の会長声明を発出した(2013年2月15日付「生活保護基準の引き下げに反対する会長声明」)。

2 今回の改定では、基準額が上がる世帯もあるが、全体では67%の世帯が引き下げとなり、特に子どものいる世帯と高齢世帯が大きな影響を受ける。

まず子どものいる世帯であるが、和歌山市などの2級地の1の場合、生活扶助費について、当初の政府の試算では夫婦子2人世帯で11.4%、母子世帯(40代親、高校生と中学生)で7.1%もの大幅減額が見込まれたが、これでは余りに減額影響が大きいため、政府自ら減額緩和措置を設け、減額率を5%に留めるという対処をせざるを得ない状況である。また、母子加算が平均2割削減され、3歳未満の児童養育加算は、現在の月額15,000円から5,000円削減される。定額支給であった学習支援費は実費支給に切り替えられ、小学校では実費上限額も従前の半額程度(約16,000円)まで削減される。

他方、高齢単身世帯の生活扶助費は、2級地の1の場合、65歳の世帯で4.9%、75歳の世帯で4.3%削減される。

このような生活保護基準の引き下げには、以下述べるような問題点がある。

2.生活保護基準引き下げの不当性

1 第1に、今回の引き下げが、生活保護基準を第1・十分位層(国民のうち所得が最も低い10%)の消費水準に合わせるという考え方をとっている点である。このような考え方は、比較対象となる第1・十分位層の人たちが、健康で文化的な生活を送れていることを前提としている。

しかし日本では、生活保護の捕捉率(生活保護基準未満の世帯のうち実際に生活保護を利用している世帯が占める割合)が、15.3%から32.1%にすぎない(2010年4月9日付厚生労働省発表の「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」)。そのため、第1・十分位層の中には、本来生活保護を受給可能であるのに受給できず、生活費を極度に切り詰めざるを得ず、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている人たちが多数存在する。特に、第1・十分位の単身高齢世帯の消費水準が低すぎることは、生活保護基準部会でも複数の委員が指摘している。また、同部会報告書(2017年12月14日付け)も、一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準を捉えていると、絶対的な水準を割ってしまう懸念があることに注意を促している。

このように第1・十分位層の消費水準に生活保護基準を合わせるという考え方は合理性、正当性を欠く。

2 第2に、消費者物価の上昇を考慮していない点の恣意性である。今回の見直しに先立つ2013年の生活保護基準の引下げでは、消費者物価の下落が考慮要素とされていた。これに対して、2015年の消費者物価指数を100とした場合、前回の引き下げが行われた2013年が96.3であるのに対し、2017年11月は100.9まで上昇しており、この要素を考慮すれば今回は生活保護基準を引き上げる方向になるはずであった。しかし、今回の基準改定では消費者物価の上昇は全く考慮されていない。下落の場合のみ考慮するというような政府による考慮要素の選択は極めて恣意的であり、歳出削減という結論ありきのものと言わざるを得ない。

3 第3に、減額緩和措置をとらなければ維持できないような、基準改定における基本的な考え方自体が誤りである。前述のように、大幅削減に対する批判に配慮したのか、政府は「多人数世帯や都市部の単身高齢者世帯等への減額影響が大きくならないよう」減額幅を最大5%に留めるという。

しかし、2004年からの相次ぐ削減により、現在でも既に生活保護基準は「健康で文化的な最低限度の生活」を下回っているのであり、これ以上の削減は許容され得ない。のみならず、今回の引き下げのみを見ても、削減の根拠に合理性はなく、削減幅を減らしたとしても許されない。そもそも、そのような減額緩和措置をとらなければならないこと自体、今回の基準改定において政府が依拠する考え方が、生活保護利用者の生活実態に即しておらず、不合理であることの証左である。

3.結論

いうまでもなく、生活保護基準は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を定めるものである。更に、生活保護基準は、「最低限度の生活=ナショナルミニマム」を定めているため、最低賃金、就学援助の給付対象基準、介護保険の保険料・利用料や障害者総合支援法による利用料の減額基準、地方税の非課税基準等の労働・教育・福祉・税制などの多様な施策の適用基準と連動している。生活保護基準の引き下げは、生活保護利用世帯の生存権を直接脅かすとともに、生活保護を利用していない市民生活全般にも多大な影響を及ぼすのである。

2013年からの生活保護基準の引き下げに対しては、全国29都道府県において、多数の原告が、当該引き下げは憲法25条が保障する生存権を侵害するとして提訴し、現在も係争中である。そのような状況下での更なる生活保護基準の引き下げは、これまでの度重なる引き下げによって既に「健康で文化的な生活」を維持できていない生活保護利用者を更に追い詰め、市民生活全般の地盤沈下をもたらすものであり、到底容認できない。

よって当会は、国に対し、生活保護基準の引き下げを行わないよう求める。