声明・談話

憲法9条改正案に対する会長声明

2019年(平成31年)3月28日
和歌山弁護士会
会長 山下 俊治

1 日本国憲法は、アジア・太平洋戦争の惨禍を経て得た「戦争は最大の人権侵害である」との反省に基づき、全世界の国民が平和的生存権を有することを確認し(前文)、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使を禁じ(9条1項)、戦力不保持と交戦権否認(9条2項)という世界に類を見ない徹底した平和主義を採用した。
 なかでも9条2項の戦力不保持規定は、国際紛争解決のために戦争に訴えることを禁止した1928年の不戦条約や国際紛争解決のための武力行使・武力による威嚇を禁止した国連憲章を受けた戦争違法化の流れをさらに推し進めた規範であり、このような恒久平和主義は普遍的価値を有するものである。

2 ところで、2018年3月、自由民主党は、党大会において、憲法9条1項及び2項を残したまま、新たに9条の2を設けようという案を公表した。具体的には、「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」との条文を書き加える改憲案(以下、「改憲案」という)である。現時点において、他の政党からは具体的な改憲案は示されておらず、今後、同案を憲法審査会に提出して、憲法改正原案の策定と改憲発議を目指すとしている。

3 改憲案は上記自衛隊明記の改憲をしても「現在の自衛隊をそのまま憲法に位置付けるものであり、自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」とか「自衛隊を憲法に書き込んでも何も変わらない」と説明されている。しかし、上記自衛隊明記の改憲は、現行の憲法9条2項の規範としての内容に変更をもたらすものであることは以下に述べるとおり明らかである。

(1) まず、改憲案は、「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」と定めるのみで、自衛権や「自衛の措置」の内容について憲法で規制しようとしていない。
 そのため、どのような事態が発生した場合に、どの程度の「自衛の措置」ができるかなどについて、時の政府が拡大解釈することにより、自衛権の範囲が拡大していくおそれがある。その結果、現在、限定的に解されている自衛権の行使について、憲法上において歯止めのない自衛権の行使を認めることにもなりかねない。

(2) 次に、改憲案は、「必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として・・・自衛隊を保持する」と定めることにより、憲法9条2項で「戦力」の保持を禁じてはいても、「憲法9条の2」があるのだから自衛隊は「戦力」にはあたるものの例外として許されると解釈される。
 その結果、憲法9条2項の規定が残されていても、同項の規範的効力が損なわれる。

(3) さらに、上記改憲案は、「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」と定められており、自衛隊の行動に対する統制手段が「国会の承認」に限定されていない。また、国会の承認の対象となる事項や、その他の統制手段の内容について定めがない。その結果、どのような統制を行うかは専ら法律に委ねられることになる。自衛隊という実力組織を憲法上の機関として位置づけるのであれば、その基本的な権限、実力行使の限界や統制についても、憲法上明確に定められなければならない。ところが上記のようにその統制は法律の規定に委ねられており、これは憲法によって国家権力に縛りをかけるという立憲主義の精神に悖るものである。

4 以上のように改憲案は、今まで憲法9条に支えられてきた戦後日本の平和国家としての有り様を大きく変容させるものであり、重大な問題を含むものである。当会は、その改憲案の内容を正しく主権者国民に伝え、国民の間で活発に改憲についての議論が為されるよう今後とも尽力してゆく所存である。