知っておきたい法律知識

損害賠償命令制度の新設について

犯罪被害者支援委員会

委員 岡 正人

1 はじめに

平成19年6月20日,「犯罪被害者等の権利利益の保護を図る為の刑事訴訟法等の一部を改正する法律」が成立し,同法は,平成12年に制定された,いわゆる被害者保護法(犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律)の題名を「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」と変えた上で,第6章(17条から34条まで)において損害賠償命令の規定を設けました。

損害賠償命令とは,刑事被告事件の訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求について,被告事件に付随して,刑事を担当した裁判所が,民事の審理も行って,賠償を被告人に命ずる手続のことをいいます。

2 損害賠償命令の申立て

(1)対象となる犯罪の種類(17条1項) 損害賠償命令の対象となる事件は,

①故意の犯罪行為によって人を死傷させた罪
②強制わいせつ,強姦,逮捕監禁,誘拐等の一定の自由を奪う罪
(いずれも未遂罪を含みます)

被害者参加の対象となる犯罪とほぼ同じですが(刑訴法316条の33参照),業務上過失致死傷罪及び重過失致死傷罪(刑法211条1項)が除かれている点に大きな差異があります。

(2)当事者の範囲
申立てをすることができる当事者は,対象となる犯罪の刑事被告事件の「被害者又はその一般承継人(相続人)」です(17条1項)。被害者とは,「犯罪により被害を被った者」をいいます(被害者保護法1条)。

(3)申立ての方法
申立ては,刑事被告事件の弁論の終結までに,当事者及び法定代理人,請求の趣旨及び請求を特定するに足りる事実を記載した書面を,当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る)に提出して行うこととなります(17条1項,2項)。
記載事項は,民事の通常の訴訟提起の場合に訴状に記載すべき事項とほぼ同一ですが,予断排除の観点から,余事記載が制限されております(17条3項)。

(4)申立手数料
損害賠償命令の申立手数料は,2千円とされています(36条1項)。
この手数料は,請求額にかかわらず一律ですので,被害者の負担は,大きく軽減されることとなります。

3 審理及び裁判

(1)審理

ア 損害賠償命令の審理(請求の放棄,認諾,和解の手続を含む)は,刑事被告事件について終局裁判の告知があるまでは,行わないこととなっています(20条1項)。

イ 刑事被告事件につき有罪の言渡しがなされると,原則として,直ちに損害賠償命令の申立てについての審理期日が開かれることとなります(24条1項)。

ウ 損害賠償命令の審理は,口頭弁論によらなくてもよく(任意的口頭弁論,23条1項),より簡易柔軟な審尋手続によることができます(23条2項)。
審尋は非公開の手続であり,口頭での主張だけでなく,書面の提出や証拠の提出も可能です。書面審尋によることもできますし,一方当事者の審尋も可能です。
口頭弁論を必要的にすると,審理が長期化するおそれがありますし,また,審尋であれば,被告人と顔を合わせる必要がなくなり,被害者の保護に役立つというメリットもあります。

エ 審理期日は,特別の事情がある場合を除き,4回以内でなければならないとされています(24条3項)。これにより,簡易・迅速な審理が確保されることになります。

オ 裁判所は,最初の審理期日において,刑事被告事件の訴訟記録の取調べをするものとされています(24条4項)。
刑事被告事件を担当した裁判所が刑事訴訟記録を職権で取り調べることとなり,刑事手続の成果が利用されることになるので,被害事実の立証が容易になるといえます。

カ 当事者は,主張を提出し,また証拠の申出をし,裁判所は必要があれば証拠調べを実施して,判断を行うことは通常の民事訴訟と同じですので,民事訴訟法の規定が準用されます(34条)。

(2)裁判
裁判は,原則として,主文,請求の趣旨,当事者の主張の要旨,理由の要旨等を記載した決定書を作成して行われ,この決定書は,当事者に送達されることになります(26条1項,3項)。
適法な異議の申立てがないときは,損害賠償命令の申立てについての裁判は,確定判決と同一の効力をもつこととなります(26条5項)。

(3)仮執行宣言
裁判所は,必要があると認めるときは,申立てにより又は職権で,担保を立てて,又は立てないで仮執行宣言をすることができます(26条2項)。
損害賠償命令においては,その原因となる事実関係が,刑事被告事件における審理ではっきりしているはずなので,多くの事案では,仮執行宣言が無担保で付けられるのではないかと思われ,簡易かつ迅速な執行が期待できます。

4 不服申立

(1)異議    
当事者は,損害賠償命令の申立てについての裁判に対し,送達を受けた日から2週間以内に,裁判所に異議の申立てをすることができます(27条1項)。    
適法な異議の申立てがあったときは,損害賠償命令の申立てについての裁判は,仮執行の宣言を付したものを除き,その効力を失います(27条4項)。  

(2)異議による民事訴訟への移行
損害賠償命令に対して適法な異議がなされた場合には,地方裁判所又は簡易裁判所に通常の訴えの提起があったものとみなされます(28条1項)。 相手方(被告人)から異議が出された場合にも,通常の訴えの提起があったとみなされることになると,損害賠償命令制度の趣旨が没却されるようにも思われますが,異議がなされても,仮執行宣言を付した損害賠償命令の効力は失われませんし,かつ,後述のように刑事裁判での記録が民事裁判所に送付されて利用されることになりますので,決して損害賠償命令制度の趣旨が没却されるわけではありません。もっとも,手数料に関しては,異議が出されると,通常の民事訴訟と同じ計算による手数料を納めなければならないとされていますので(36条3項),この点に関しては,立法や扶助制度による対応が望まれます。

(3)刑事訴訟記録の取扱い
異議により,訴えの提起があったものとみなされたときは,裁判所が民事裁判所に送付することが相当でないと特定したものを除いた刑事事件記録が,民事訴訟が提起されたとみなされる地方裁判所又は簡易裁判所に送付されることとなっています(29条)。

(4)書証の申出
通常の民事裁判では,書証を提出するためには,刑事裁判所等において閲覧謄写の申請・許可の手続を経て閲覧謄写を行ったうえ,さらに書面をコピーして裁判所と相手方に提出しなければなりませんが(民訴219条),このことは被害者にとって経済的・精神的に大きな負担となっていました。 異議後の民事訴訟では,民事裁判所に,刑事被告事件の記録があることになるので,どの書証を使いたいかを特定して申し出るだけでよいことになります。

(5)異議後の判決
異議がなされた後の民事訴訟において,仮執行宣言の付けられた損害賠償命令と同じ内容の判決をすべきと判断された場合には,判決において損害賠償命令の認可を宣言します(31条1項)。
民事裁判所が,損害賠償命令の内容と異なる判断をする場合には,損害賠償命令を認可せずに取り消します(同条2項)。
この場合,申立人の請求を棄却する場合と,損害賠償命令とは異なる内容の損害賠償を命ずる判決をする場合が考えられます。

5 民事訴訟手続への移行

損害賠償命令の申立てをしたが,

①複雑な争点があって審理が長期化してしまう場合,
②当事者の意思に基づく場合には,民事裁判所に移送されます。

(1)裁量的移行 裁判所は,最初の審理期日を開いた後,審理に日時を要するため4回以内で審理を終結することが困難であると認めるときは,申立て又は職権で,損害賠償命令事件を終了させる旨の決定をし,通常の民事訴訟に移行させることができます(32条1項,4項)。

(2)必要的移行

ア 被害者の移行権 刑事裁判の告知があるまでは,申立人(被害者)は,自由に通常の民事訴訟へ移行させることが認められています(32条2項1号,4項)。

イ 当事者の移行権 損害賠償命令の裁判の告知があるまでに,一方当事者から,民事訴訟への移行の求めがあり,これについて相手方の同意があったときには,通常の民事訴訟に移行することとなります(32条2項2号,4項)。

6 最後に

以上,ご説明してきましたように,損害賠償命令制度によって,犯罪被害者等の損害賠償請求に関する簡易かつ迅速な裁判と執行の実現が期待でき,犯罪被害者等の損害賠償請求に関する負担が大幅に軽減することになります。

もっとも,通常の民事訴訟に移行した場合の手数料の問題や,資力の乏しい被害者の弁護士費用の問題など,解決しなければならない問題も残っております。 そこで,今後,被害者にとってより使いやすい制度となるような制度の運用が望まれます。

<参考文献>
岡村勲監修 守屋典子・高橋正人・京野哲也著
「犯罪被害者のための新しい刑事司法」明石書店