声明・談話
「袴田事件」の再審無罪判決を受けて、改めて刑事再審法の速やかな改正を求める会長声明
2024年(令和6年)9月26日
和歌山弁護士会
会長 谷口 拓
本日、静岡地方裁判所は、いわゆる「袴田事件」について、袴田巖氏に対し、再審無罪判決を言い渡した。
本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件である。そして、事件発生から1年2か月後にみそタンク内で「発見」された「5点の衣類」が犯行着衣とされ、それが袴田巌氏の犯人性を推認させる最も中心的な証拠となり、1980年(昭和55年)に袴田巌氏に対する死刑判決が確定した。しかし、袴田巖氏は当初より一貫して無実を訴えており、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、本日、再審無罪判決が言い渡されたものである。
判決は、被告人が本件犯行の犯人であることを推認させる証拠価値のある証拠に は、三つのねつ造があると認められる、すなわち、①袴田巌氏が本件犯行を自白したとされる検察官調書は、実質的にねつ造されたものと認められ、刑事訴訟法319条1項の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たり、②被告人の犯人性を推認させる最も中心的な証拠とされてきた5点の衣類は証拠の開連性を欠き、③5点の衣類のうちの鉄紺色ズボンの共布とされる端切れも、捜査機関によってねつ造されたもので証拠の関連性を欠くとして証拠として排除し、その結果、他の証拠によって認められる本件の事実関係には、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難である 事実関係が含まれているとはいえず、被告人が本件犯行の犯人であるとは認められないと判断した。
袴田巖氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田巖氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられてきた。また、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定し袴田巌氏を釈放したのは2014年(平成26年)3月27日のことであり、逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田巖氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきた。そのため、袴田巖氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来している。袴田巖氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その余りの残酷さは筆舌に尽くしがたい。
そこで、当会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直ちに無罪判決を確定させるよう強く求める。
罪を犯していない人が、誤った捜査・裁判によって自由を奪われ、仕事や家庭を失い、築き上げてきた人生のすべて、甚だしい場合は死刑によって生命さえ奪われるえん罪は、国家による最大の人権侵害であり、速やかに救済されなければならない。しかし、えん罪事件は後を絶たず、その救済に気の遠くなるような年月がかかるという実態にある。
1949年(昭和24年)に施行された現行刑事訴訟法は、不利益再審に関する規定を削除し、再審がえん罪被害者の救済の制度であることを明確にした。しかし、再審手続に関する規定は、旧刑事訴訟法の規定をそのまま引き継いだものであった。 そこで、現行刑事訴訟法の再審に関する規定はわずか19か条(435条から453条)にとどまる。その結果、現行の再審手続規定は、裁判所の裁量を広く認めるものとなり、えん罪被害者救済のための制度として再審制度が持つべき重要な理念や視点を欠くものとなっている。
刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)附則第9条3項は「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする」と規定する。しかし、それから7年が経過したものの、再審に関する見直しはまだ行われていない。
今こそ、「えん罪被害者の尊厳を回復」し、真の「無辜の救済」のために刑事訴訟法の再審に関する規定を改正することが必要である。
そこで、当会は、国に対し、現行刑事訴訟法「第4編 再審」に関し、
- 刑事訴訟法第435条6号の「明らかな証拠」を「事実誤認があると疑うに足りる証拠」とすること
- 証拠開示制度を新設すること
- 再審請求権者を拡大すること(刑事訴訟法第439条関係)
- 再審開始決定に対する検察官による不服申立を禁止すること(刑事訴訟法第450条関係)
- 再審請求人に対する手続保障を中心とする手続規定を新設すること
を求める。