声明・談話
佐賀県警察科学捜査研究所の職員によるDNA型鑑定に係る不正行為に関する会長声明
2025年(令和7年)10月23日
和歌山弁護士会
会長 岡 正人
2025年(令和7年)9月8日、佐賀県警察科学捜査研究所に所属する技術職員が、7年余りにわたり、DNA型鑑定で虚偽の書類を作成するなどの不正行為を行っていたこと(以下「本件不正行為」という)が明らかになった。
佐賀県警によれば、この技術職員が担当した632件のDNA型鑑定のうち、不正な鑑定を行ったものが130件あり、このうち、鑑定を実施していないにもかかわらず過去の別事件の鑑定資料を用いて実施したように装った虚偽の報告が9件、ガーゼ片などの鑑定資料の余りを鑑定後に紛失し新品を用意して警察署に返却するなどしたものが4件あったとのことである
DNA型鑑定等の科学鑑定は、近時の刑事司法において、捜査や公判の帰趨を決する大きな影響力をもつ科学的証拠である。とりわけDNA型鑑定は、異同識別の科学的手法であり、捜査及び公判において被疑者・被告人と犯人の同一性を立証するために用いられる極めて重要な証拠になり得るものである。DNA型鑑定が適正に実施されることは、無実の者が誤って処罰されることを防止するとともに、真犯人を発見して適正な処罰を実現するためにも重要である。
その上、DNA型鑑定等に関する鑑定書が公判に提出されれば、弁護人の意見にかかわらず、伝聞例外の規定(刑事訴訟法321条4項)の準用により証拠として採用され得るものであるところ(最高裁昭和28年10月15日・刑集第7巻10号1934頁)、これは捜査機関の嘱託に基づく科捜研の鑑定書(刑事訴訟法223条)が、高度の客観性と特信性が担保されているからにほかならない。
今回の不祥事は、このような刑事訴訟実務の前提を根底から覆すものである。仮に本件不正行為に係るDNA型鑑定の結果が公判には証拠として提出されていなかったとしても、事件の受理、終局処分及び被疑者・被告人の身体拘束の判断などに影響を与えた可能性は否定できない。また、本件不正行為に係るDNA型鑑定の結果を利用して取調べを行っていた場合には、当該取調べ自体が違法と評価される可能性もある。
本件不正行為は、都道府県警察が実施する科学鑑定及び当該鑑定に基づく捜査に対する信頼を根幹から揺るがすものであり、また、刑事司法における適正手続に重大な影響をもたらすものであるから、当会は、これを強く非難するものである。
過去には、和歌山県警においても、2012年8月に和歌山県警科学捜査研究所の当時の主任研究員による鑑定書類の捏造が発覚し、当会は、弁護士等の第三者を参加させた検証組織による徹底した原因究明とその結果に基づく有効な再発防止策の策定を強く求める旨の会長声明を発出した(2012年(平成24年)9月12日付け「和歌山県警科学捜査研究所主任研究員による鑑定書類捏造疑惑に関する会長声明)。しかし、その後、警察の科学鑑定に関する信頼性を検証する有効な対策が取られることはなく、今回、またしても、DNA型鑑定において重大な不正事案が発生することとなった。
本件不正行為は、警察内部の監察及び検察官による指揮並びに都道府県公安委員会による監督では、鑑定に際しての証拠の偽造を防止することはできないという構造的欠陥を改めて明らかにしたものといえ、過去の和歌山県警の事案のみならず、佐賀県警においても同様の事案が発生したことは、他の都道府県警においても、同様の不正行為が行われていることが強く懸念される。
この点について、報道によれば、佐賀県警は本件不正行為につき再鑑定の実施や佐賀地方検察庁・佐賀地方裁判所の協力を得て調査を行い、本件不正行為全てにつき捜査・公判への影響はなかったと説明しているが、捜査機関内部のみで実施された調査結果に到底信を措くことなどできない。
よって、当会は、法務省、最高検察庁、警察庁及び警察庁を管理する国家公安委員会に対し、中立的な第三者機関を設置した上で、本件不正行為が捜査及び公判に与えた影響を検証し、適切な措置を講じるとともに、本件不正行為を防止することができなかった構造的原因を究明し、再発防止策を策定することを求める。

