知っておきたい法律知識

「事業承継と経営承継円滑化法(遺留分に関する民法の特例)について」

広報・業務改革委員会

委員長 田 中 祥 博

1 はじめに

我が国の中小企業は,全企業の9割を占めているが,中小企業の経営者の平均年齢は,最近10年間で5歳上昇し,現状で平均58歳とされており,今後10年間に大きな世代交代が予想される。

そこで,日本経済の発展を支える中小企業における円滑な事業承継問題への対応が喫緊の政策課題となってきた(当会の広報・業務改革委員会においても,中小企業を対象とする法律相談を開催するなどして,この問題にも取り組んでいるところである。)。

このような要請を満たすべく,事業承継円滑化のための総合的支援策の基本となる「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(以下,「経営承継円滑化法」又は「本法」という。)が平成20年5月に成立した。

同法は,遺留分に関する民法の特例に加えて,中小企業への金融支援をも含むものであるが(さらに事業承継税制についての税法の改正をも視野に入れている。),本稿では,遺留分に関する民法の特例(以下,「民法特例」という。)について簡単に述べさせていただく。

2 現行遺留分制度の事業承継に係る課題

(1)遺留分の制度は,被相続人の財産処分の自由を一定程度制限し,均分相続の原則のもと,公平を図るためのものであるが,中小企業の事業承継の局面においては,いくつかの課題を提供することになる。

(2)遺留分減殺請求による自社株式等の分散
中小企業の経営者の個人資産の大部分は自社持株や事業用資産であるため,事業承継目的で後継者に株式等を集中して承継させようとすると,非後継者の遺留分を侵害してしまう可能性が高い。    
そして,後継者が非後継者から遺留分減殺請求を受け,株式が相続人間で分散すると,後継者の持株比率が低下して,円滑な事業承継ができない可能性がある。

(3)特別受益の問題
遺留分減殺請求への対策として,経営者において,後継者に長期的に生前贈与をすることがよくみられるが,相続人に対する特別受益としての贈与は相続開始の何年前のものであっても,遺留分算定の基礎財産に算入され,特別の事情のない限り,遺留分減殺の対象になる(最判平成10年3月24日民集52巻2号433頁)ため,このような手法によっても,非後継者からの遺留分減殺請求を封ずることはできない。
また,遺留分算定の基礎財産に加算される贈与財産の評価基準時は,相続開始時と解されている(最判昭和51年3月18日民集30巻2号111頁)ため,後継者に生前贈与された株式の価値が,贈与後の後継者の貢献により上昇した場合,相続開始時における上昇後の評価で計算されてしまう。そのため,後継者は,会社に貢献して,株式の価値を上昇させればさせるほど非後継者の遺留分減殺請求の額を増加させることになるという皮肉な結果を招来させてしまう。

(4)遺留分の事前放棄制度
そこで,このような遺留分減殺請求を排除することの要請があり,現行民法においても遺留分の事前放棄の制度がある(民法1043条)。
しかしながら,この制度は,非後継者が各自個別に家庭裁判所に申立を行い,許可審判を受ける必要があるところ,放棄をする側である非後継者に確実な申立を期待できるかどうかについて疑問な点もあるし,相続人が複数いる場合において,裁判所が非後継者ごとに許否判断が異なるなどという事態も考えられる。

3 民法特例を受けるための要件

民法特例は,前項に記載した課題の解決のものであるから,その適用を受けるためには,当然に一定の適格者が一定の要件を備える必要がある。

民法特例を受けるための要件は,簡単に言うならば,「特例中小企業者」の「旧代表者」が「後継者」にその株式又は持分(以下,「株式等」という。)を贈与した場合等において,推定相続人の全員が一定の合意(固定合意,除外合意,付帯合意)をし,経済産業大臣の確認を受け,家庭裁判所の許可を得るということである。これらの要件を中心に以下,述べる。

4 対象者

①「特例中小企業者」(本法3条1項)とは,
中小企業者のうち,一定期間以上継続して事業を行っているものとして,経済産業省令で定める要件に該当する非上場会社をいう。

②「旧代表者」(本法3条2項)とは,
特例中小企業者の代表者であった者(現代表者でもよい。)であって,その推定相続人のうち少なくとも一人に対して当該特例中小企業者の株式等を贈与したことがある者をいう。
なお,ここに言う「推定相続人」とは,旧代表者の兄弟姉妹やその子は除外されており,いわば「推定遺留分権利者」のことをいう。

③「後継者」(本法3条3項)とは,
旧代表者の推定相続人のうち,当該旧代表者から当該特例中小企業者の株式等の贈与を受けた者または当該贈与を受けた者から当該株式等を相続,遺贈若しくは贈与により取得した者であって,当該特例中小企業者の総株主又は総社員の議決権の過半数を有し,かつ,当該特例中小企業者の代表者である者をいう。

5 民法特例にかかる合意(1)-必要的合意(本法4条

(1)繰り返しになるが民法特例の適用を受けるためには,後継者を含む推定相続人全員が,書面により,後継者が旧代表者からの贈与を受けた株式等(直接贈与型)または旧代表者から推定相続人が贈与を受け,その推定相続人から後継者が相続・遺贈・贈与により取得した株式等(間接贈与型)の全部又は一部について,次の合意をしなければならない。
但し,後継者が所有する当該特例中小企業者の株式等のうち合意の対象となる株式等を除いたものに係る議決権の数が総株主又は総社員の議決権の100分の50を超える数となる場合には,民法の特例に係る合意をすることができない(本法4条1項但書)。これは,合意の対象となる株式等を除いても後継者が当該会社の議決権の過半数を確保できる場合にまで,除外合意又は固定合意を認める必要はないからである(制度の濫用防止)。

(2)合意内容(本法4条1項)

① 除外合意(1号)
後継者が旧代表者からの贈与等により取得した株式等について,遺留分を算定するための財産の価額に算入しない旨の合意。 これにより,対象株式等が遺留分算定の基礎財産に算定されず,遺留分減殺の対象から外れるため,旧代表者についての相続が発生した際に,株式等が分散する等して後継者による会社経営が不安定となるのを防ぐことができる。

② 固定合意(2号)
後継者が旧代表者からの贈与等により取得した株式等について,遺留分を算定するための財産の価額に算入すべき価額を合意の時における価額とする旨の合意。
これにより,贈与を受けた自社株等の価値の増大によって非後継者の遺留分が増大することを防ぎ,後継者の会社経営に対するインセンティブを保持することができる。

(3)非後継者がとることができる措置に関する定め(本法4条3項)
必要的合意(除外合意または固定合意)をする際には,併せて
①後継者が合意の対象とした株式等を処分した場合
②旧代表者の生存中に後継者が特例中小企業者の代表者として経営に従事しなくなった場合
に非後継者がとることができる措置に関する定めをしなければならない。    
これは,後継者の恣意的な行動を防止するため,非後継者が採ることのできる措置について事前に定めをすることを求めるものである

6 民法特例にかかる合意(2)-付帯合意(オプション)

(1)本法は,必要的合意に加えて,オプションとして,付帯合意をできることとして,より実効力のある,バランスのとれた合意を可能としている。

(2)後継者が取得した株式以外の財産に関する遺留分の算定に係る合意(本法5条)事業用不動産など,株式等以外の財産で事業活動を継続していくために必要なものについても,後継者が確実に取得できるようにすることで経営の承継の円滑化が一層図られると考えられる。
そこで,本法は,株式等以外の財産についても遺留分算定基礎財産から除外する合意をすることを可能としている。

(3)推定相続人間の衡平を図るための措置に関する定め及び非後継者が取得した財産に関する遺留分の算定に係る合意(本法6条) 後継者が取得した株式等やそれ以外の財産を対象とする合意だけでは,後継者が民法特例の恩恵を一方的に受けることとなり,結果として非後継者と合意を形成することが困難となる。
このため,本法6条は,推定相続人間の衡平を図るための措置に関する定めをすることができるものとし(1項),そのためのひとつの措置として,非後継者が旧代表者からの贈与等により取得した財産についても遺留分算定基礎財産から除外することを可能としている(2項)。

7 手続

(1)民法特例に係る合意は,経済産業大臣の確認及び家庭裁判所の許可審判を受けることで,その効力が生じる。

(2)経済産業大臣の確認(本法7条) 後継者が,合意をした日から1ヶ月以内に経済産業大臣に申請して,当該合意が経営の円滑化を図るためになされたものであること,その他法定事項の確認を受ける必要がある。

(3)家庭裁判所の許可(本法8条)
後継者は,経産大臣の確認を受けた日から1ヶ月以内に家庭裁判所に許可を申し立てる必要がある。家庭裁判所は当該合意が当事者全員の真意に出たものであるとの心証を得ない場合には,許可することができない。

(4)以上の手続を図示すれば次のとおりである。

8 合意の効力範囲(本法9条3項)

民法特例に係る合意は,当事者以外の第三者に対する遺留分の減殺に影響を及ぼさない。従って,旧代表者が相続人以外の第三者に贈与や遺贈をした場合は,民法の規定に従って遺留分の額を算定して,当該第三者に遺留分減殺請求できることになる。

9 合意の効力消滅事由(本法10条

次の①~④の各事由のいずれかが生じた場合には,合意の効力が消滅することとなる。

①経産大臣の確認が取消されたこと(1号)

②旧代表者の生存中に後継者が死亡し,または後見・保佐の開始の審判を受けたこと(2号)

③合意の当事者以外の者が新たに旧代表者の推定相続人となったこと(3号)
※合意の効力発生後の旧代表者の再婚や新たな子の出生等が念頭にあり, 合意当事者である非後継者の死亡による非後継者の相続人は,新たな旧代表者の推定相続人にはならないと解されている。

④合意当事者の代襲者が旧代表者の養子となったこと(4号)

10 最後に

経営承継円滑化法のうち,上記の民法特例部分は平成21年3月1日から施行になっているが,実務上はまだまだこれからといった感じではある。

事案に応じて,遺留分の事前放棄の制度と取捨選択して行くことになろうか。事案の積み上げが望まれるところである。

[参考文献]
・神﨑忠彦他「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律の概要」 ジュリスト1377・50
・柏原智行他「事業承継円滑化に向けた中小企業庁の取組」自由と正義59 ・8・12
・吉岡毅「『中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律』につい て」銀行法務21693・39
(H21.5記)