知っておきたい法律知識

民法(親権規定)の改正について

中川 利彦

1 はじめに

平成23年5月27日、民法の親権規定に関する改正法が成立した。来年4月施行予定 である。

平成20年度から平成22年度までの児童相談所における児童虐待相談件数は、順に
    全国  42, 662件⇒44,210件⇒55,152件
    和歌山  427件⇒460件⇒640件
と、著しい増加傾向にある。今回の改正は、児童虐待の防止を図り、児童の権利利益を擁 護する観点から行われたものであり、あわせて児童福祉法も改正された。 本稿は、この改正規定を概観するものである。

2 親権の意義と効力

(1)民法の親権規定の冒頭に置かれている820条が「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」と改正された(下線の個所が改正された部分)。

また懲戒に関する民法822条が「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。」とされ、2項は削除された。

いずれも、法律家にとっては当然のことではあるが、児童虐待対応の現場では、未だに親権者であることを「錦の御旗」に、児童虐待を懲戒(しつけ)と主張して正当化しようとする親がきわめて多い。従って、親権は子の利益のために行使されなければならないことが明記された点は意味がある。

なお懲戒に関する822条全体を削除すべきだという意見も有力であったが、採用されなかった。

(2)協議離婚に際して子の監護に関する事項を定める民法766条1項について「父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」と改正された。

従来実務で認められていたことであるが、明文がなかった点について規定を置き、かつ子どもの利益が最優先されるべきであることを明記した。なおかつては「面接交渉」という用語が使われていたが、今後は「面会交流」が一般的になろう。

3 親権の一時停止制度の新設親権の一時停止制度の新設

(1)親権の制限については、従来、親権喪失宣告(民法834条及び児童福祉法33条の7)と管理権喪失宣告(835条)の制度があった。

しかし、親権喪失の要件が厳格でかつ喪失が認められた場合の効力・影響が大きく、いわばオール・オア・ナッシングであるし、親子の再統合を目指すケースには使えず、児童相談所長としても申立てに躊躇せざるを得なかった。また家庭裁判所も審判する際、極めて慎重に判断する結果、認容例が極めて少なかった。ちなみに全国の家庭裁判所における平成21年度の既済件数111件中、認容は21件、このうち児童相談所長の申立ては6件で認容が5件。なお和歌山家庭裁判所では、児童相談所長の申立てによる親権喪失は平成17年度と20年度に各1件ずつ認容されているが、いずれも性的虐待事案である。

他方親権喪失は、医療ネグレクト(後述)のように、一定期間の親権行使を制限すれば目的を達するようなケースには向いていないなど、児童虐待への対応に関して十分機能していない、との意見があった。

そこで新たに、「親権停止の審判」の制度が導入された。 民法834条の2が新設され「父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは」「家庭裁判所は、・・・2年を超えない範囲内で」親権停止の審判をすることができる(1項及び2項)。更新に関する規定はないので、停止期間満了時に引続き親権停止が必要であれば、再度申立てをすることになる。

(2)尤も今後、親権停止制度がどの程度活用されるのかは未知数である。考えられるケースとしては、児童相談所が親権者の意に反して児童を施設や里親に措置した場合(児童福祉法28条1項1号)で、親権者が、頻繁に施設や里親に不当な要求を出したり児童に付きまとうなどの場合、あるいは医療ネグレクトで、治療が終われば親権者のもとに返すことに支障がないケースなどがあろう。前者は、後述する児童福祉法の改正規定でも対応できないような親の場合、親権を停止して、親子再統合に向けて児童相談所の指導にのるように求めるケースなどが考えられる。

児童相談所長の代理人として、家庭裁判所に児童福祉法28条1項1号の申立てをすることが多い筆者としては、新制度の趣旨に鑑み、家庭裁判所が親権停止の申立てをした児童相談所長の判断をできる限り重視することを期待したいが、むしろ実際に申立てるより、親権者に対する「威嚇効果」の方が期待できるかもしれない。

4 親権喪失原因の見直し

現行の民法834条は親権喪失の原因を「親権を濫用し、又は著しく不行跡であるとき」と定めているが、これを「父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するとき」と改正した。

立法者によれば、「虐待又は悪意の遺棄」は、「親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときの例示」であり、「虐待又は悪意の遺棄があるときというのは、必ず当然に子の利益を著しく害するわけです」(法制審議会児童虐待防止関連部会第10回会議議事録)とされている。

他方現行法とは異なり、親権者に対する非難可能性や帰責性が全くない場合であっても、親権の行使が著しく困難又は不適当で子の利益を著しく害するのであれば、親権の喪失が認められる(法務省民事局参事官室「中間試案の補足説明」)。

なお「親権喪失宣告」という表現が、「親権喪失審判」(停止については「親権停止審判」)という表現に改められた。

5 申立権者

現行法では、親権喪失の申立権者は「子の親族又は検察官」とされていたが、これを親権停止、親権喪失及び管理権喪失のいずれについても「子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官」と改正された。また児童福祉法33条の7の改正により、児童相談所長は、従来の親権喪失に加えて、親権停止、管理権喪失の申立てもできるようになった。

検察官が申立てをする例はなく、児童虐待ケースでは児童相談所長が申立てをしていた。しかし当事者である子に申立権を付与するのは当然のことのように思うが、立法過程では反対論もあった。また親権停止期間中に選任された未成年後見人・未成年後見監督人も申立てができることとされた。

6 未成年後見人制度の改正

未成年後見人の人数を1人に限定していた民法842条が削除されたことにより、成年後見人同様複数選任が可能になった。これに伴い民法857条の2が新設され、権限の共同行使が原則とされた(1項)。他方家庭裁判所は職権により、一部の者の権限を財産管理権のみに限定でき(2項)、また財産管理権の行使に関して権限の分掌を定めることもできる(3項)。これに伴い、親族と弁護士が未成年後見人に就任して役割分担することが可能になった。

また法人が未成年後見人に就任することも可能になった(840条3項)ので、児童養護施設に入所している児童について当該児童養護施設を運営する社会福祉法人が未成年後見人に就任することも可能になったが、不法行為があった時の損害賠償問題や、18歳で施設を退所した後、成人までの期間、どのような形で施設が未成年後見人としての役割を果たすことができるのかなど、実際上難しい問題があろう。

7 医療ネグレクトについて

医療ネグレクトとは、子どもが医療行為を必要とする状態にあり、もしその医療行為をしない場合には、子どもの心身に被害が生じる可能性があるにもかかわらず、親権者が必要な治療を受けさせない場合を指す。児童虐待防止法上のネグレクトに該当する。日常的なネグレクトに伴い、虫歯や中耳炎などの治療を受けないという軽微なものから、手術をしないと生命が危ういにもかかわらず、特定の宗教上の教義を理由に輸血や手術に同意しない、というケースもある。

昭和60年聖マリアンナ医科大学で起きた、いわゆる川崎事件(10歳9か月の男児が交通事故にあい、輸血を伴う手術が必要であったが、両親がエホバの証人の信者で輸血を拒否したため、病院搬送の4時間余り後に、出血性ショックで死亡した事件)が著名である。 患者の自己決定権との関係が問題になるが、未成年であっても、子ども自身が自らの傷病や治療について医師の説明を十分理解し、その治療について諾否をする能力を有しているのであれば、親権者の同意がなくても子ども本人の同意により治療は可能である。

しかし子どもに自己決定能力が備わっておらず、他方親権者は治療に反対しているが、早急にその治療を受けないと生命・身体に重大な影響がある場合は、児童相談所長が親権喪失宣告の申立てを行うとともに保全処分として親権者の職務執行停止・職務代行者選任の申立てをし、職務代行者の同意により治療を受けさせた後、(実際には親権喪失までは必要がないケースが多く)申立てを取り下げるなどの方法で対応している(最近の例として津家裁平成20年1月25日審判 家裁月報62巻8号83頁。その解説として民商法雑誌144巻2号313頁)。

この方法に関しては何らの手当(法改正)もなされていないが、親権停止制度が新設されたことで、今後は、親権喪失よりも親権停止審判を申立てたうえで、上記保全処分の申立てを行うことになろう。

8 児童福祉法と親権

児童福祉施設入所児童で、親権者も未成年後見人もいない児童は施設長が親権を代行する(児福法47条1項)。  里親に委託中の児童で、親権者も未成年後見人もいない児童は児童相談所長が親権を代行する(改正後の児福法47条2項)。

一方、児童福祉施設入所児童及び里親委託中の児童で、親権者か未成年後見人がいる場合は、施設長や里親は、監護、教育及び懲戒に関し児童の福祉のため必要な措置をとることができる(児福法47条2項)のであるが、例えば予防接種や精神科への入院、精神科医の投薬指示があるときの服薬などについて、親権者が反対した場合、親権者の意向に従わなければならないかそれとも施設長等の判断で進めてよいか、問題であった。

そこで児童福祉法の改正により、親権者等は、施設長等の措置を不当に妨げてはならず(改正児福法47条4項)、児童の生命・身体の安全確保のため緊急の必要があるときは、施設長等は、親権者等の意に反してもこれを行うことができる(同5項)とされたが、何が「不当」かが問題であり、施行までに、厚労省が運用に関してのガイドラインを出す予定である。

<参考文献>
窪田充見「親権に関する民法等の改正と今後の課題」 ジュリスト1430号
中田裕康「民法改正」 法学教室373号
森田 亮「児童虐待の防止等を図るための民法の改正について」 NBL959号
許 末恵「児童虐待防止のための親権法改正の意義と問題点」 法律時報83巻7号
日本子ども虐待防止学会・子どもの虐待とネグレクト12巻3号 特集「医療ネグレクト」