決議

国選弁護報酬・費用の大幅増額と予算措置を求める決議

2007年(平成19年)10月20日
和歌山弁護士会
会長 中川 利彦

、平成18年4月に日本司法支援センターが設立され、同年5月に制定された日本司法支援センターの「国選弁護人の事務に関する契約約款」に基づき、報酬及び費用の算定基準(以下「算定基準」という。)が定められた。

しかしこれは、従来極めて低額に据え置かれてきた報酬額をさらに減額したばかりでなく、極めて不合理なものとなっている。日本司法支援センターにおけるその後の改正及び今後予定されている改正も細部における修正であり、根本的な改善とはなっていない。

そこで当会は次の各点につき速やかに改善することを求める。

(1) 被告人国選弁護事件における国選弁護人の基礎報酬(実質公判3回)は、地裁第一審単独事件1件あたり20万円以上とすべきである。

(2) 被疑者国選弁護の報酬については、接見回数のみによって報酬額を決定するのではなく、さまざまな弁護活動の内容が反映されたものに報酬基準を改める必要がある。

(3) 被疑者弁護における起訴猶予、嫌疑不十分・嫌疑なしによる不起訴処分、被告人弁護における執行猶予や保釈等の獲得は、特別成果加算の対象とした上で、加算額を大幅に引き上げるべきである。

(4) 示談成立による特別成果加算については、特別加算の額自体を根本的に改める必要がある。

(5) 被疑者国選から被告人国選の弁護人を継続して担当した場合、被告人国選の報酬から1万5000円を控除する取扱い(地裁事件の場合)は根本的に改められるべきである。

(6) 即決裁判の国選弁護人の基礎報酬は、一般の国選事件に準ずる報酬基準に改めるべきである。

(7) 弁護活動にとって必要な交通費の実費は全額支払われるべきである。

(8) 記録謄写の実費は全額支払われるべきである。

(9) 通訳人費用の国選弁護人による事実上の立替払いとなっている現行の制度は根本的に改められるべきである。

、平成21年5月までには、被疑者国選弁護の対象が必要的弁護事件に拡大することが予定されており、国選弁護制度を支えるために弁護士はさらなる経済的犠牲を求められ、先に述べた問題点が一層その深刻さを増すことは明らかである。

当会は、被疑者国選を含め国選弁護制度の確立のためには、国選弁護制度を支える弁護士に対して適正な報酬及び費用が支払われるべきであるという視点から、日本司法支援センターに対しては、国選弁護報酬・費用の大幅増額及び合理的な加算基準を求めるとともに、国に対しては上記増額のために必要な予算措置を求めるものである。

以上のとおり、決議する。

(提案理由)

、国選弁護制度は憲法により認められた制度であり、憲法第37条3項は、被告人の弁護人選任権を実効あらしめるべく貧困等のため弁護人を依頼できない被告人に国選弁護人を付する義務を国に課している。

これは、被告人の主体性を確保しつつ、その権利を擁護し、冤罪を防止するなど適正な司法権の行使を確保するためには弁護士による弁護が必要不可欠であるという趣旨に基づくものであり、この趣旨は被疑者の場合にもあてはまる(憲法第34条)。

従って、刑事訴訟法の改正により平成18年10月から実施された被疑者国選弁護制度も、被疑者の弁護人選任権を実質的に保障するため、憲法及び国際人権法の諸規定の要請を受けて定められた制度と位置付けられる。

このような憲法上の要請を受けて活動する国選弁護人の職責は極めて重いものであり、国は国選弁護人に対してその職責に応じた適切な報酬と実費を支払うべきである。

、しかるに政府は、国選弁護人報酬額を極めて低額な報酬にとどめ置いてきた。しかも、記録謄写料、交通費等の実費については、原則として支給されず、国選弁護人の個人的負担となっていた。

前記のとおり、国選弁護制度は憲法上の要請に基づくものであるにも関わらず、これを弁護士のボランティアともいえる奉仕的活動に依存し、国が不当に経済的負担を回避することは許されない。

国選弁護制度を充実したものとしてゆくためには、国選弁護人の活動を保障するための経済的な担保、即ち適正な国選弁護報酬と実費の支給は必要不可欠であることはいうまでもない。

、当会は、平成15年から始まった国選弁護人報酬の度重なる減額に対し、平成16年8月の会長声明に続き、同17年4月に要望書を提出して抗議するとともに、①国選弁護人報酬を一審事件1件あたり金20万円以上とすること、②弁護活動に応じた報酬および日当を支給すること、③記録謄写料、交通費等の実費全額を支給することを強く要望した。

しかし、平成18年5月に定められた日本司法支援センターの「国選弁護人の事務に関する契約約款」に基づく報酬及び費用の算定基準(「算定基準」)は、以下のとおり、極めて低額に据え置かれてきた報酬額をさらに減額したばかりでなく、加算基準の内容に極めて不合理な点があり、到底容認できない。平成19年4月に算定基準の一部見直しが行われ、また同年11月にも一部見直し(以下、「改正案」という。)が予定されているが、いずれも細部における修正であり根本的な改善となっていない。

そこで、以下に述べる理由により、それぞれの問題点を抜本的に改めるよう求める。


(1) 算定基準によれば、被告人国選弁護の基礎報酬は、地方裁判所における被告人国選弁護(単独事件)の基礎報酬(実質公判3回)について8万4000円と定められたが、これはこれまでの標準報酬額(平成17年度8万5100円)をさらに下回るもので低廉に過ぎ、不当である。被告人国選弁護における基礎報酬は、一審単独事件1件あたり20万円以上とすべきである。

(2) 算定基準によれば、被疑者国選弁護の報酬については接見回数の基準を定め、基準回数以内の接見の場合、接見回数に2万円を乗じた金額(但し初回接見2万4000円)を基礎報酬としている。接見回数が基準回数を超えた場合は、1回超過の場合は1万円、2回超過の場合は1万6000円、3回超過の場合は2万円が加算されることになっている。

確かに、被疑者に対する弁護活動においては、弁護人は被疑者との接見を通じて、捜査対象となっている犯罪事実について被告人の真意を確かめ、自らの認識に反する供述を行わないようアドバイスを行うことが弁護活動の中心となるわけであるが、これに尽きるものではない。

弁護人は、事実調査を行なったり、自白強要等不当な取調べを阻止したり、家族との意思疎通を図ることで被疑者の社会復帰に向けて環境を整備したり、被害回復に向けて示談を進めたり、また被疑事実及び情状について検察官に意見を述べるなどの様々な活動を展開する必要がある。

従って、接見回数のみによって報酬額を決定することに合理性がないことは明らかであり、報酬基準を改める必要がある。

さらに、接見回数が基準回数を4回超過以降の場合は無報酬の取扱いとなっており、一層不合理である。

(3) 算定基準によれば、被疑者弁護事件における起訴猶予、嫌疑不十分・嫌疑なしによる不起訴処分、被告人弁護事件における執行猶予や保釈等の獲得に対する特別成果加算が認められていない。

しかし、これらの結果は類型的に見れば、弁護人が被疑者等に有利な情状、被疑者等と犯罪事実とのつながりを否定する事情や当該行為が犯罪を構成しない理由、また保釈を認めるべき相当な事情等を検察官や裁判所に対して主張した結果であることが通常であり、弁護人の諸活動の成果であるといって過言ではない。

従って、このような成果を特別成果加算の対象とすべきは当然であり、特別成果加算の基準の根本的見直しが必要である。

なお、無罪等の場合については今回の改正案においてようやく通常報酬の100パーセントを加算するなどの制度を新設することになったが、低廉な通常報酬を基礎にした加算制度に過ぎないこと、無罪の場合にさえ加算額に50万円の上限を設けるなど全く不十分なものにとどまっており、速やかな改善が必要である。

(4) 算定基準によれば、報酬の特別成果加算として、示談成立が挙げられているものの、全損害について示談が成立しなければ全く加算されないこととなっていた。平成19年4月1日施行の一部改正により、全損害の50%以上の損害賠償の示談についても特別加算が認められるようになったが、そもそも示談成立による特別加算の額自体が弁護人の活動の成果に対するものとしては極めて低く(全損害についての示談成立は3万円、全損害の実質的損害賠償は2万円、全損害の50%以上の損害賠償は1万円)、加算額自体の根本的な見直しが必要である。

(5) 算定基準によれば、地裁事件については被疑者国選から被告人国選の弁護人を継続して担当した場合、被告人国選の報酬から1万5000円を控除する取扱い(地裁事件の場合)となっている。

その理由として、被疑者国選事件と被告人国選事件を別々の国選弁護人が受任した場合と比較し、両者を同じ国選弁護人が担当した場合の方が、弁護活動の量・内容に関し若干の効率化を図ることが可能と考えられるためと説明されている。

しかしながら、この取扱は適切な報酬や費用が支給されていることが前提となるが、前記のとおり極めて低廉な報酬や実費が支給されない状況のもとにおいて、このような取扱をすることは、さらに不合理性を拡大させることとなり不当である。

(6) 算定基準によれば、普通国選弁護人契約に基づく即決裁判の国選弁護人の基礎報酬は5万円となっているが、これは低廉にすぎ、一般の国選事件に準ずる報酬基準に改めるべきである。

即決裁判の申し立てがあった事件を担当することになればまず直ちに被告人と接見し、その同意について確認しなければならないし、公判期日までの期間が切迫しているなかで集中的な公判準備をする必要がある。

このような即決裁判特有の事情に鑑みれば、一般の国選事件よりも弁護人の負担が大きくなる場合もありうるし、少なくとも、即決裁判における弁護活動は、一般の国選事件の自白事件における弁護活動と質的に異なるところはないからである。 

(7) 算定基準によれば、交通費の実費については、往復100キロメートル未満では弁護活動のための交通費の支払いはなされないことになっていた。平成19年4月1日施行の一部改正により、通常経路で往復100キロメートル以上又は直線距離で往復50キロメートル以上の場合に支給されるよう改められたが、これは瑣末な修正にすぎず、弁護活動に必要な交通費は実費全額が支払われるべきことは当然である。

(8) 算定基準によれば、謄写費用については、200枚以内の謄写枚数に対して記録謄写料の支払いはなされないこととなっているが、記録謄写は弁護活動にとって必要不可欠であり、その実費が支払われることは当然である。

弁護活動に必要な実費さえ支給しないことは、低額な国選弁護報酬をさらに実質的に削減することを意味するものであり、謄写費用は実費全額が支払われるべきである。

(9) 算定基準によれば、通訳人費用については、国選弁護人が通訳人に支払い、日本司法支援センターが国選弁護人に通訳人費用を支払うことになっており、事実上の国選弁護人による立替払いとなっているが、通訳人を必要とする国選弁護事件においては、国選弁護人が通訳人を介して被疑者、被告人と意思疎通を図ることは弁護活動の大前提であり、このような通訳人費用の国選弁護人による事実上の立替払いとなっている現行の制度は根本的に改められるべきである。

また、通訳人費用については、費用としての位置づけ自体が問題である。そもそも国選弁護が国の責任で運営されるものであり、総合法律支援法により日本司法支援センターがその業務を行うものである以上、国選弁護に必要な通訳人は日本司法支援センターにおいて確保し、これに対する報酬も直接通訳人に支払われるべきである。特に被疑者弁護において、刑事手続の基本や守秘義務を十分に理解した能力ある通訳人を迅速に確保することは個々の弁護士や単位会にとっては困難である。かかる観点から日本司法支援センターが通訳人を直接確保する制度としたうえで、その報酬を直接通訳人に支払うべきである。

、以上のほかにも算定基準には以下のような問題点がある。

(1) 重大案件加算については、①故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係る事件で、当該犯罪に係る死亡被害者が2名以上である事件であり、かつ、②公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件であることが要件となっている。

①の要件は、極めて限定された場合にしか加算を認めていないが、死亡被害者が1名の場合や、死亡被害者がいなくても現住建造物放火等多数の負傷者の発生している場合も含まれてしかるべきである。

(2) 公判前整理手続事件、控訴審事件、裁判員裁判対象事件等は、通常事件に対して弁護人の労力が多分に必要であるにも関わらず、その基礎報酬において通常事件の報酬に対する加算割合が極めて低いことも問題である。

(3) 被疑者国選における土曜・日曜・祝日の弁護士の待機制度については、接見の有無に拘らず待機担当弁護士に日当が支払われるようにすべきである。

被疑者国選事件については、土曜・日曜・祝日に指名打診を受けた場合にも速やかに接見に行くことが義務づけられており、そのための待機の負担は極めて大きいものがあり、土曜・日曜・祝日の被疑者国選の待機制度における担当弁護士に対しては相当な日当が支払われるべきである。

、平成21年5月までには、被疑者国選弁護の対象が必要的弁護事件に拡大し、国選弁護制度を支えるために弁護士はさらなる経済的犠牲を求められ、先に述べた問題点が一層その深刻さを増すことは明らかである。

当会は、被疑者国選を含め国選弁護制度の確立のためには制度を支える弁護士に対して適正な報酬及び費用が支払われるべきであるという観点から、日本司法支援センターに対しては、国選弁護報酬・費用の大幅増額及び合理的な加算基準を改めるよう求めるとともに、国に対しては上記増額のために必要な予算措置を求める次第である。