決議

刑事再審法の速やかな改正を求める決議

2023年(令和5年)5月29日
和歌山弁護士会

罪を犯していない人が、誤った捜査・裁判によって自由を奪われ、仕事や家庭を失い、築き上げてきた人生のすべて、甚だしい場合は死刑によって生命さえ奪われるえん罪は、国家による最大の人権侵害であり、速やかに救済されなければならない。しかし、えん罪事件は後を絶たず、その救済に気の遠くなるような年月がかかるという実態にある。

1949年(昭和24年)に施行された現行刑事訴訟法は、不利益再審に関する規定を削除し、再審がえん罪被害者の救済の制度であることを明確にした。しかし、再審手続に関する規定は、旧刑事訴訟法の規定をそのまま引き継いだものであったため、現行刑事訴訟法の再審に関する規定はわずか19か条(435条から453条)にとどまる。その結果、現行の再審手続規定は、裁判所の裁量を広く認めるものとなり、えん罪被害者救済のための制度として再審制度が持つべき重要な理念や視点を欠くものとなっている。

刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)附則第9条3項は「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする」と規定する。しかし、それから7年が経過したものの、再審に関する見直しはまだ行われていない。

今こそ、「えん罪被害者の尊厳を回復」し、真の「無辜の救済」のために刑事訴訟法の再審に関する規定を改正することが必要である。

そこで、当会は、国に対し、現行刑事訴訟法「第4編 再審」に関し、

1 刑事訴訟法第435条6号の「明らかな証拠」を「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」とすること
2 証拠開示制度を新設すること
3 再審請求権者を拡大すること(刑事訴訟法第439条関係)
4 国選弁護人制度を新設すること(刑事訴訟法第440条関係)
5 再審開始決定に対する検察官による不服申立を禁止すること(刑事訴訟法第450条関係)
6 再審請求人に対する手続保障を中心とする手続規定を新設すること

を求める。

以上のとおり決議する。

(決議の理由)

第1 刑事訴訟法第435条6号の「明らかな証拠」を「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」とすること

 再審は、そのほとんどが、刑事訴訟法第435条6号(有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき)にもとづいて申し立てられる。  

 この点、いわゆる白鳥決定(最高裁判所第一小法廷昭和50年5月20日決定刑集第29巻5号177頁)は、「435条6号にいう『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである」と判示した。これを受けて、いわゆる財田川決定(最高裁判所第一小法廷昭和51年10月12日決定刑集第30巻9号1673頁)は、「この原則を具体的に適用するにあたっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則があてはまるのである」とした。この白鳥・財田川決定は、435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に関する「明白性」の判断にも、疑わしきは被告人の利益にという刑事裁判の鉄則が及ぶことを示した点で高く評価されている。

しかし、必ずしもすべての事件で、この判断手法が正しく用いられているわけではない。現実には、新証拠の孤立的評価に留まる事例や旧証拠の証明力をかさ上げしてまで確定判決を維持する事例などが出ている。

 そこで、白鳥・財田川決定の趣旨を明文化することが有益であり、現行刑事訴訟法第435条6号の「明らかな証拠」を「事実の誤認があると疑うに足りる証拠」とすべきである。

第2 証拠開示制度を新設すること

 再審が認められるためには、確定判決の事実認定に誤りがあるというだけでは足りず、確定判決の事実認定を覆すに足りる蓋然性のある新たな証拠が必要である。しかし、刑事事件の証拠は捜査機関が独占しており、弁護人は捜査機関が有している証拠を覆すような証拠を有していないのが一般的である。まして、再審請求人や弁護人が、一旦確定した有罪判決の事実認定を覆すような証拠を収集・発見することは困難を極める。

 布川事件、東京電力女性社員殺害事件及び東住吉事件において再審によって無罪判決が確定するについては、再審請求手続で開示された通常審段階から存在していた証拠が確定審判決を動揺させる大きな契機となった。また、松橋事件では、再審請求前の段階で検察官から開示された証拠物が、再審開始決定の決め手となった。湖東記念病院事件では、再審公判中に、元被告人が逮捕される数か月前に被害者を解剖した鑑定医が記載した報告書の存在が明らかとなり、これによって、検察側が新たな有罪立証を諦める事態となった。

このように、通常審において既に存在していた無罪方向の証拠が後に開示されて、再審が開始され、あるいは再審で無罪判決が出されている事実は、無辜の救済のためには、証拠開示が極めて重要であることを示している。

また、これまで再審無罪となったえん罪事件のほとんどすべてにおいて、検察や警察が無罪方向の証拠を公判提出せず、隠しつづけていたことが明らかになっている。

湖東記念病院事件再審無罪判決言渡後、裁判長が「本件再審公判の中で、15年の歳月を経て、初めて開示された証拠が多数ありました。そのうち一つでも適切に開示されていれば、本件は起訴されなかったかもしれません」と説諭しているところである。

えん罪をなくすためには、警察・検察官に証拠をすべて開示させる制度が欠かせないことは明らかである。新証拠が求められる再審事件こそ、捜査機関手持ちのすべての証拠の開示が必要である。

しかし、現行刑事訴訟法には再審における証拠開示について定めた明文の規定はない。

それゆえ、再審請求後の証拠開示の可否については、現行刑事訴訟法の下においては、裁判所の訴訟指揮に委ねられており、積極的に証拠開示の訴訟指揮をする裁判所もあれば、証拠開示に極めて消極的な裁判所もあり、係属する裁判所の姿勢によって大きな格差(いわゆる再審格差)が生じている。

 以上から、再審における証拠開示に関し、

  1. ① 裁判所は、再審請求人又は弁護人から請求があれば、検察官に対し、未開示記録を含め、警察・検察にて保管する証拠の一切の一覧表を作成した上で、これを提出することを命じることができる規定を設けること
  2. ② 裁判所は、再審請求人又は弁護人から請求があれば、検察官に対して、全面的な証拠開示を命じなければならないという規定を設けること
  3. ③ 裁判所は、証拠開示に関する命令の対象となる証拠の存否を早期に確定させるべく、検察官に対し、証拠の存否を調査し、その結果を回答することを命じることができるという規定を設けること
  4. ④ 裁判所は、証拠価値を保全するために必要があるときは、証拠開示の準備的行為として、検察官に対し、鑑定を実施し、その結果を保管することを命じることができるという規定を設けること
  5. ⑤ 裁判所が、証拠開示に関する命令や勧告を行っても、検察官がこれに従わない場合があることから、証拠開示に関する裁判所の一般的な権限を明記すること

が必要である。

第3 再審請求権者を拡大すること(刑事訴訟法第439条関係)

 現行刑事訴訟法では、有罪の言渡しを受けた者が死亡した場合、検察官を除き、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹という限られた親族しか再審請求をすることができない。しかしながら、本人の死刑が執行され、再審請求をする親族もいなくなった場合や、死刑執行後、遺族が様々な理由から再審請求人として名乗りをあげられない場合には、無実の者の名誉を回復する機会は永久に失われることになる。また、現在は、再審請求人の高齢化が切実な問題となっており、限られた者しか再審の請求ができない現状では、元被告人、再審請求人の名誉の回復が困難となっている。

そこで、元被告人、再審請求人の名誉回復を図るため、日本弁護士連合会などを公益的請求人とする制度や、有罪の言い渡しを受けた者が、特に制限なく承継人を指定することができる制度などを創設すべきである。

第4 国選弁護人制度を新設すること(刑事訴訟法第440条関係)

現行刑事訴訟法第440条第1項は、検察官以外の者が再審請求する場合の弁護人選任権を認めているが、国選弁護人制度は認めていない。

そもそも再審請求をするためには、事実上・法律上の主張を構成し、新証拠を獲得することが不可欠であり、弁護人の支援なしでは十分に対応することが困難といわざるを得ない。

よって、再審請求においても、通常審と同様、国選弁護人制度を認めるべきである。

第5 再審開始決定に対する検察官による不服申立てを禁止すること(刑事訴訟法第450条関係)

現行刑事訴訟法第450条は、再審開始決定に対して、検察官が即時抗告することを認めている。そのため、いわゆる再審格差と度重なる検察官による不服申立てにより、再審には莫大な時間を要することになっており、再審制度は機能不全に陥っている。

再審開始決定がなされたということは、確定判決の有罪認定に対して、合理的な疑いが生じたということであるから、誤判を是正する必要性に比べて、確定判決を維持する利益が減少しているといえる。また、仮に、再審開始決定に対する不服申立てが禁止されたとしても、検察官は、再審公判において確定判決の正当性を主張する機会が保障されているのであるから、特段問題は生じない。

そこで、再審開始決定に対して不服があったとしても、検察官に再審開始決定に対する不服申立てを認めるべきではない。

第6 再審請求人に対する手続保障を中心とする手続規定を整備すること

 現行刑事訴訟法では、再審請求手続における審理の在り方についての規定がほとんどなく、再審請求手続は裁判所の広汎な裁量に委ねられている。そのため、いわゆる再審格差が生じ、裁判体ごとの格差が顕著となっている。裁判所が、再審請求審で弁護人との進行協議に応じないまま事件を放置したり、審理が公開されることもなく証拠調べも行わずにいきなり再審請求を棄却することもある。そこで、裁判所の公正・適正な判断を担保し、再審請求手続における再審請求人の権利を保障するために、再審請求手続の審理手続に関する規定を設ける必要がある。

 具体的には、

  1. ① 再審請求の審理は、再審請求手続期日を開いて行うという規定を設けること
  2. ② 裁判所は、初回の手続期日においては、公開の法廷で、再審請求をした者及び弁護人に対して、再審請求の理由について陳述する機会を与えなければならないとする規定を設けること
  3. ③ 裁判所は、再審請求について判断するにあたり、必要がある場合には、事実の取調べを行うことができるが(現行刑事訴訟法第43条3項)、再審請求をした者及び弁護人に対しても、事実の取調べを請求する権利を保障する規定を設けること
  4. ④ 裁判所は、事実の取調べを行ったときは、再審請求をした者、有罪の言渡しを受けた者及び弁護人に対して、事実の取調べの結果に基づいて意見を陳述する機会を与えるという規定を設けること
  5. ⑤ 裁判所は、再審請求の審理を終えるときは、原則として、相当の猶予期間をおいて、審理終結日を定めることとし、決定日の1か月前までに、関係者に対して決定日を告知しなければならないという規定を設けること

を認める制度を創設することが必要である。

以上