意見書

憲法改正手続法案に関する与党案・民主党案に関する意見書

2007年(平成19年)3月20日
和歌山弁護士会
会長 岡田 栄治

自由民主党・公明党の与党が平成18年5月26日に衆議院に提出した「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(以下「与党案」という)及び民主党が同日衆議院に提出した「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」(以下「民主党案」という)は、いずれも多くの問題点がある。また、同年12月14日に、与党及び民主党はそれぞれの修正要綱案(以下「与党修正案」「民主党修正案」という)を公表したが、依然として問題点は残されているため、当会は、以下の通り意見を述べることとする。

1  投票方式及び発議方式について

与党案、民主党案はいずれも憲法改正原案の発議に当たっては、「内容において関連する事項ごとに区分して行う」ものとし、投票は、「憲法改正案ごとに」行うものとされている。

しかし、「内容において関連する」との概念は非常に曖昧なものであり、この関連性の判断、すなわち、一括投票か個別投票かの判断を国会に委ねるとすると、国会の恣意的な運用を認めることになりかねず、主権者たる国民が各項目毎に賛否の意思を正確に示すことが出来なくなるとの危険性を否定できない。

このことから、国民投票は、条文ごと(場合によっては項目ごと)に投票する個別投票を原則とすべきであり、複数条項一括での投票は、これらを一括で投票しなければ条項同士が相矛盾し整合性を欠くことが明白である場合に限定されるべきである。

なお、この点については与党修正案・民主党修正案のいずれも修正対象とせず、維持している。

2  公務員・教育者に対する運動規制について

民主党案は、投票事務関係者、中央選挙管理会の委員等の投票事務関係者についての国民投票運動を禁止するだけであるが、与党案はさらに、裁判官、検察官、公安委員会の委員、警察官については全面的に国民投票運動を禁止し、その他の公務員と教育者についても、「地位を利用して」国民投票運動をすることを禁止し、違反者に対する罰則規定を設けている。

この点、特に厳しく中立性が要求され、その範囲も限定的な投票事務関係者に対する国民投票運動の規制はともかく、与党案の裁判官、検察官、警察官等に対する国民投票運動の禁止や、公務員・教育者に対する国民投票運動の規制は、諸外国にも例を見ない広汎な禁止・規制であり、国民主権の観点から到底容認できない。

与党修正案は、この点につき、「裁判官、検察官、公安委員会の委員並びに警察官」について国民投票運動禁止対象者から削除したが、公務員等及び教育者については、「影響力又は便益を利用して」国民投票運動をすることを禁止している。そして、民主党修正案では、与党修正案と同様の公務員等及び教育者に対する規制を新たに導入した。

更に、国または地方公共団体の公務員等に対する「地位を利用した国民投票運動禁止」や教育者に対する「教育上の地位を利用した国民投票運動の禁止」の規定は、その対象行為の範囲が広汎かつ曖昧であり、罪刑法定主義に抵触し、かつ、表現の自由に対する重大な制限となる。

この点、与党修正案・民主党修正案では罰則規定を設けないものとしている。しかし、上記禁止規定がある以上、法令に違反する行為に該当することから懲戒処分の対象となり得るのであって、依然として公務員等及び教育者の国民投票運動についての萎縮効果が懸念される。

以上より、国民投票運動の規制は、投票事務関係者に限定されるべきである。

3  組織的多数人買収・利害誘導罪の設置について

与党案は、組織により、多数の投票人に対し、買収や利害誘導等をした者に対する罰則規定を設け禁止している。

しかし、特定の候補者や政党に投票させる場合と異なり、憲法改正国民投票の際に「組織により」「多数の投票人に対し」買収、供応、利益誘導が行われることについて、充分に検討されていないままに規制することに対しては疑問がある。

また、賛成・反対の意見表明の際に、例えば「憲法改正に反対すれば、増大する軍事費を福祉へ回せるようになるので、医療費の負担が下がる」などとの内容が含まれていたことが利益「誘導」になるとして取締対象にされるおそれがあり、意見表明の萎縮効果が生じる。

よって、このような規制は行うべきではない。

この点、与党修正案では「勧誘」を「積極的に勧誘」とし、「財産上の利益」について、「国民投票運動において意見の表明の手段として通常用いられないものに限る」という限定を付したが、これによって、国民の意見表明への萎縮効果が無くなるものではない。そして、民主党修正案では、与党修正案と同じ規定が新たに導入されている。

4  広報のあり方、メディアの利用と規制について

(1)広報協議会について

与党案においては「憲法改正案広報協議会」、民主党案においては「国民投票法案広報協議会」を設置し、これらの協議会(以下「広報協議会」という)により憲法改正案の広報に関する事務を行わせるものとしている。

そして、与党修正案・民主党修正案ではこれらの規定がほとんど修正されずに残されている。

この点、憲法改正案のまとめ方(要旨の作成)及びその説明の仕方によって、国民に与える印象は大きく変わってくる。要旨の作成や改正案の説明を「客観的かつ中立的に行う」ことは不可能であろう。また、賛成意見・反対意見を「公正かつ平等に」紹介することもその担保がない。

広報は、憲法改正案をそのまま掲載するだけにするのが「客観的かつ中立的」であり、各政党が同一に与えられた紙幅の中で、自由に賛成意見・反対意見を書き、それをそのまま掲載するのが、最も「公正かつ平等」である。

そうであれば、広報を作成するための広報協議会の設置は不要である。

仮に、広報協議会を置くなら、その委員は、発議にかかわった議員から選任するのではなく、第三者(外部)から公正な方法で選任すべきである。

(2)ラジオ、テレビ、新聞の無償利用について

与党案、民主党案は、「政党等」が「広報協議会の定めるところにより」、無償で、ラジオ、テレビの放送による広報活動、新聞広告を行うことができる旨定めている。

この点に関し、まず、放送時間や広告回数は、政党に属する議員の数を考慮することなく各政党に平等に与えるか、又は、賛成意見と反対意見で同等とすべきである。与党案及び民主党案のように、「政党に所属する議員の数を踏まえて」放送等の枠が与えられるのであれば、憲法改正案は各議院の議員の3分の2以上の賛成で発議される以上、国会で発議された憲法改正案を奨励する意見ばかりが国民の目に触れることとなり、国民の適切な判断の妨げとなる。憲法改正の重大性に鑑みれば、憲法改正案に対する反対意見も、賛成意見と同等に意見表明できるようにする必要がある。

また、「政党等」以外の団体や市民に無料で放送や新聞広告ができるようにすることを検討すべきである。例えば、各放送局が一定の時間数を、賛成意見を広報する時間、反対意見を広報する時間として同等の時間枠をとり、その広告料相当額を国庫に負担させるという方法も考えられるのではないか。

この点について、与党修正案も民主党修正案も、「賛成の政党等及び反対の政党等の双方に対して同一の時間数及び同等の時間帯を与える等同等の利便を提供しなければならい」「(新聞に)同一の寸法及び回数を与える等同等の利便を提供しなければならない」としているのは大変評価できる。しかし、「政党等」以外の団体や市民に無料で放送や新聞への意見広告ができるようにするという点については、「政党等」が「当該放送や広告の一部を、その指名する団体に行わせることができる」という規定を導入することにとどまっており、不十分である。

(3)投票日直前の広告放送規制について

与党案、民主党案は、投票日7日前からは、政党等によるものを除き、テレビやラジオを利用した広告放送を一切制限している。そして、両修正案では、その制限を「投票日7日前」から「投票日14日前」に拡大することとしている。

テレビ広告等を行うためには多大の費用を要することからすれば、運動資金が多い者ほどマスメディアを多く利用することができ、この弊害を回避するためには、マスメディアを有料で憲法改正運動の広告媒体として利用することにつては、一定の規制を設けるべきと考える。

しかし、投票直前は、国民の関心が最も高まる時期であることからすれば、この時期に一律に禁止することは、行き過ぎた規制というべきであり、一律に禁止するのではなく、平等・公平な放送・広告となるようなルール作りを行う方向で検討すべきである。そして、そのような賛成意見・反対意見の平等・公平な放送・広告ルールが確立されない場合は、有料放送・有料広告の全面禁止も検討すべきである。

5  発議後投票までの期間について

国会における憲法改正案の発議後投票までの期間について、与党案、民主党案はいずれも「60日以後180日以内」としている。そしてこの点については両修正案でも維持されている。

しかし、憲法改正という問題は、将来の長きに亘って国のあり方を左右する問題であり、このような重要な問題に対する判断は、一時的な議論をもって決着させるべきではなく、十分な議論を経た上で、なおかつ冷静な判断をもって行われるべきである。

また、国会による発議までに相応の議論が尽くされているとの意見もありうるが、必ずしも十分な議論が尽くされないまま時の与党により強硬に発議を採決される可能性も否定できず、また、当初の改正案の内容が修正されて発議されてくることもあるのであるから、やはり国会の発議後投票日までの期間としては、国民の間で十分に議論できる期間が置かれなければならない。当会は、発議後投票までの期間としては、最低でも1年という期間が必要であると考える。

6  最低投票率・絶対得票率について

与党案、民主党案はいずれも憲法改正に必要な国民の承認につき、最低投票率、絶対得票率のいずれの規定も設けていない。両修正案でも同様である。

しかしながら、憲法96条1項の「この憲法の改正は(中略)、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には(中略)、その過半数の賛成を必要とする」という規定は、同憲法の基本原理の1つである国民主権原理の端的なあらわれであることはもちろん、憲法制定権力としての国民の意思を、憲法の条項を改正する手続の中で明確に確認する必要があるという理念に基づくものである。

従って、憲法改正案があまりにも少数の国民(投票に関して言えば、投票権者ということになるが)の賛成しか得られなかったにもかかわらず、「過半数の賛成」を得たとすることは許されるべきではない。与党案及び民主党案のように、最低投票率の定めも、絶対得票率の定めもないとすると、仮に、投票率が40%に達しなかった場合には、(与党案のように無効票を除外して有効投票の過半数の賛成で良いということになるといよいよそうであるが)全投票権者の20%にも満たない賛成で憲法改正案が承認されうることになるが、憲法96条が国民の「過半数の賛成を必要とする」と定めた前述の趣旨から見て、このような事態は到底容認することができない。

このことから、憲法96条1項の趣旨に鑑み、最低投票率と絶対得票率の定めを併用する方法が望ましく、少なくとも、最低投票率の定めは必要である。そして、この最低投票率としては、全投票権者の3分の2以上とすべきである。

7  憲法96条の「その過半数の賛成」の意義について

国民投票における「過半数」の意義につき、与党案では、「憲法改正案に対する賛成の投票の数が有効投票の総数の2分の1を超えた場合」に国民の承認があったものとするのに対し、民主党案においては、「憲法改正案に対する賛成の数が投票総数の2分の1を超えた場合」に国民の承認があったものとしている。

憲法制定権力たる国民が定めた国の根本規範である憲法の条項を改変することに、国民の「過半数の賛成」があったというためには、明確に改正案に賛成したと認められる国民が「過半数」であったかどうかが問題なのであり、賛成票(○の記号を自署した票)以外の票は、白紙であろうが、×の記号を書いてあろうが、その他の無効票であろうが、いずれも「賛成でない」票としての意味が付与されるのが当然である。

与党案のように、「有効投票の総数」の過半数の賛成があれば国民の承認があったとするときには、反対の場合に×記号が必要とした場合の白票や余事記載票は全て無効票となり、投票を棄権した者と同じことになってしまう。わざわざ投票所まで足を運びながら、賛成ではない投票行動をとった国民は、少なくとも、発議された憲法改正案に対して、「明確に賛成」ではないという意思を明らかにしたのであるから、民主党案のとおり、賛成票が「投票総数の2分の1を超えた場合」に国民の承認があったものとすべきである。

ところが、民主党修正案では、与党修正案と歩調をそろえ「投票総数」を「賛成の投票の数及び反対の投票の数を合計した数をいう」と定義することによって、投票総数に白票や無効票を入れないものにし、内容において与党案の「有効投票数」と同じものに後退してしまっている。

8  投票用紙の記載方法について

投票方式につき、与党案は、「投票人は、投票所において、投票用紙の記載欄に、憲法改正案に対し賛成するときは○の記号を、憲法改正案に対し反対するときは×の記号を自署し、これを投票箱に入れなければならない」とするのに対し、民主党案は、「投票人は、投票所において、投票用紙の記載欄に、憲法改正案に対し賛成するときは○の記号を自署し、憲法改正案に対し反対するときは何らの記載をしないで、これを投票箱に入れなければならない」とする。

前記「7」において述べたとおり、国会が発議した憲法改正案に、国民の過半数が明確に賛成したか否かが問題なのであるから、わざわざ反対である者に×の記号を自署させる理由が見当たらない。

しかも、この投票方式が、前記「7」で述べたように、「有効投票の総数」の過半数の賛成があれば国民の承認があったとする規定(与党案)と結びつくときは、いたずらに無効票を多くし、憲法改正案に対する国民の意思を正しく反映しない結果をもたらす危険性が高い。

従って、改正に賛成する者だけが○を書く投票方法が正当である。

なお、与党修正案では、賛成の文字と反対の文字を投票用紙に印刷しておき、そのどちらかに○をつける方式に改めている。また、民主党修正案でも与党修正案と同様の投票方式にすることが検討されている。

9  投票年齢について

選挙権を18歳以上の者に認めるのが世界の趨勢であり、また、憲法改正の重要性に鑑みるならば、出来る限り若年層にも投票権を認めるべきであり、これを18歳以上とするべきである。

この点について、与党案は「満20歳以上の者」としている。そして、与党修正案では「満18歳以上」の者が投票権を有するものとされているが、その附則を見ると、公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、満18歳以上の者が国政選挙に参加できるまでの間は、国民投票の投票権を有するのは満20歳以上の者とするとされているので、現状では結局満20歳以上ということになる。

10  国民投票無効訴訟について

(1)提訴期間の制限について

国民投票無効訴訟の提訴期間に関しては、与党案及び民主党案のいずれもが投票結果の告示の日から起算して30日以内としている。しかしながら、国民投票無効訴訟が、憲法改正という立憲民主制の根幹に関わる問題についてその効力発生如何を定める極めて重要な事項であることに鑑みると、提訴期間が余りにも短すぎる。

この点、いわゆる行政行為の取消訴訟については出訴期間の制限があるが、この期間は、①処分もしくは裁決があったことを知った日から6箇月経過時まで、または、②処分もしくは裁決の日から1年経過時までのいずれか短い方とされており(行政事件訴訟法14条1項及び2項)、かつ正当事由がある場合にはこれらの期間が伸長される(同各条項但書)。

憲法改正のための国民投票の効果という重大問題を審理する訴訟について、行政行為の取消訴訟と比較して著しく短い期間内に提訴を制限する合理的理由を見出すことは、非常に困難である。この提訴期間としては、投票結果の告示の日から起算して6ヶ月以内とするのが相当である。

(2)管轄の限定について

与党案及び民主党案のいずれもが国民投票無効訴訟の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定している。

しかし、管轄の中でも土地管轄は、提訴または応訴の負担という当事者の利益と密接に関わっており、単なる裁判所の事務分掌の問題ではない。そして憲法改正に関する国民投票の効力は、わが国の主権が及ぶ範囲においてあまねく問題となるものであって、各地に居住する国民が過大な負担を負うことなく、平等に司法の判断を得られるようにしなければならない。

然るに第一審の管轄裁判所を東京高等裁判所のみに限定した場合は、訴えを提起する者が過大な往復旅費及び移動時間等を費やすことを余儀なくされる。憲法改正の効力如何という事案の公益性及び重大性に照らせば、訴え提起を思いとどまらせかねない負担を国民に強いることは許容し難い。また地方在住の国民にこのような負担を課することは、国民の裁判を受ける権利(日本国憲法32条)という観点からも少なからぬ問題がある。

このことから、土地及び職分管轄に関しては、原告住所地を管轄する地方裁判所に第一審の管轄を認める三審制を採用すべきであり、仮にそれができないというのであれば、少なくとも原告住所地を管轄する高等裁判所を第一審の管轄裁判所とすべきである。

なお情報公開法の制定に際しては、日本弁護士連合会を含む幅広い層からの批判及び要請により、各高等裁判所所在地を管轄する地方裁判所にも土地管轄が認められている(同法36条1項)。

(3)無効訴訟を提起しうる事由の限定について

国民投票無効の判決をすべき事由については、与党案及び民主党案のいずれもが厳格な制限をしているが、この制限を緩和すべきである。

例えば与党案及び民主党案はいずれも、憲法改正案広報協議会(または国民投票広報協議会)の手続違背行為については、無効の判決をすべき事由から明示的に除外している。しかしながら、憲法改正広報協議会が遵守すべき手続の履践を怠るなどした場合は、職務の中立性や公平性を疑わしめる重大な瑕疵にあたるというべきであって、国民投票そのものの公正さに疑念を生じさせる。またこのような瑕疵が認められる場合には、国民の知る権利の擁護という観点からも看過できない問題を生じる。

そうすると憲法改正案広報協議会による手続違背などについて、無効の判決をすべき事由としないのは、明らかに不相当である。

(4)執行停止について

与党案及び民主党案のいずれもが国民投票無効の訴えの提起に執行停止の効力を付与せず、厳格な要件の下で裁判所の決定により、憲法改正の効果の発生の全部または一部が停止する余地のみを認めている。

しかしこのような効力停止の仕組みの実効性については疑念が残る。また現に行われた処分に関する取消訴訟などと異なり、憲法改正の執行停止または効果発生の停止によって公共の利益もしくは安全が害されたり、回復不能な損害が生じる現実的なおそれはまずないものと考えられる。

以上より、執行停止要件を緩和する方向で検討すべきである。

11  結論

以上のとおり、与党案にも民主党案にも、国民主権原理や政治的意見表明の自由等の人権を保障する憲法の理念に照らし、重大な問題点が多く含まれており、また、与党修正案及び民主党修正案にも依然として重大な問題が払拭されずに残されているのであって、当会としては、いずれの法案及び修正案にも反対を表明せざるを得ない。

そして、現在、両法案が国会で審議中であるが、国民に議論のために必要な情報が十分に提供されているとはいえず、国民の間における憲法改正手続についての議論がほとんど進んでいない状況下において、国会における審議を急ぐことなく、慎重な対応を措られるよう求める次第である。