声明・談話

カレー毒物混入事件についての声明(要望)

1998年(平成10年)9月10日
和歌山弁護士会
会長 田中 昭彦

去る7月25日、和歌山市園部地区(園部第14自治会、65世帯、約210人)において発生したカレ-毒物混入事件は、発生後約一ケ月半を経過した。この事件は、地域の楽しい夏祭り行事のために用意されたカレ-に毒物が混入されたもので、極めて悪質な無差別殺傷事件である。そして、この犯行により、67名の地元住民が毒物中毒被害を受け、うち4名の死亡被害者が発生した。なお、9月2日には、捜査に従事してきた警察官が過労が原因と思われる状況で亡くなられている。

当和歌山弁護士会は、亡くなられた被害者と警察官のご遺族に対し、ここに衷心より哀悼の意を表し、また、地元住民の方々の積み重なるストレスとご心痛に対し、心からお見舞いを申し上げる次第であります。さて、この事件は、発生後一ケ月を経過した8月下旬になり、毒物混入事件との関連で保険金詐欺疑惑が浮上し、その後、一部報道機関の報道内容は事件をセンセ-ショナルに扱う姿勢を強め、連日、読者や視聴者の興味を引くための報道を繰り返すようになった。これに伴い、報道機関による地元周辺への取材攻勢がますます過熱し、このため、事件が狭い地域で発生したという特殊性により大変な心痛が生じている地元住民に対し、更に大きなストレスを与えるという状況となっている。また、この事件の発生後、事件未解決の影響により、模倣事件と考えられる食品への毒物事件が多発し、国民に大きな不安を与えているのである。

当会は、この事件とその後の経過を重大かつ深刻に受けとめ、この機会に、報道機関及び捜査機関に対し、以下のとおり要望を行うものである。

まず、報道機関に対しては、地元住民の気持ちと立場や状況に配慮した節度ある取材・報道姿勢をとられるよう強く要望する。民主社会において報道機関が担う役割の重大性は十分に尊重されるべきであるが、一方、取材と報道においては、取材地周辺住民の生活、被報道者側の名誉やプライバシ-の保護に責任を負担しなければならないことも当然である。報道機関は、ともすれば、警察捜査情報についての厳しい吟味をすることなく、あるいは捜査情報に乗せられて周辺住民や被報道者の側の利害に考慮を払わず、読者や視聴者の興味のみに目を奪われやすいことは、松本サリン事件の教訓が示すところである。誤りのない対応をお願いする。

次に、捜査機関に対してであるが、この事件は、毒物混入という捜査に困難を伴う事件であるうえ、報道によると事件は複雑な展開をしていることが窺われる。捜査員のご苦労は大変であろうと思料されるが、事件全体の一日も早い解決に向け、一層のご努力をお願いしたい。なお、他方、捜査は、その目的と性質上人権侵害の危険が常に内在する場面でもある。捜査機関は、誤って無辜の者を罰しないために、憲法、刑訴法その他の法令に従って、「個人の基本的人権の保障を全うしつつ」(刑訴法第1条)実施されなければならない。捜査を行うに当たっては、このことにも十分留意され、事件の早期解決とともに適正妥当な捜査が実施されるよう要望する。

最後に、当会は、この事件の被害者対策、人権問題等今後予想される問題について、十全の対応を行う所存である旨付言し、本声明(要望)を行うものである。

以 上