声明・談話

少年法等一部「改正」法案に反対する会長声明

「少年法等の一部を改正する法律案」(以下「改正法案」という)が、平成17年3月1日、閣議決定を経て国会に上程された。

本改正案は、①国選付添人制度を拡充し、②少年院の長が少年の保護者に対して指導・助言その他の必要な措置を採ることができるようにすることなど、評価できる点も含まれている。

しかし、ア 警察官による触法少年及びぐ犯少年に対する調査権限を法律上明記すること、イ 少年院送致年齢の下限を撤廃すること、ウ 保護観察の遵守事項に反した少年に対して、家庭裁判所が施設収容の決定ができるようにすることについては、少年の保護・健全育成という少年法の精神から大きく逸脱し、いたずらに処罰を強化するものであり、到底賛成できるものではない。当会は以下の理由で、これらの点について反対する。

1 警察官による触法少年及びぐ犯少年に対する調査権限を法律上明記することについて

(1) 調査権限の明記・拡大について

改正法案は、触法少年やぐ犯少年に対する警察機関の調査権限を法律上明記することによって、警察機関の調査を通じた事案解明の促進を目的としている。しかし、こうした試みは、その目的の達成につながるどころか、かえって有害である。

まず、現行法が少年の処遇にあたり、児童心理や福祉に精通した児童相談所にその処理を委ねてきたのは、少年の心理面・行動面に深く踏み込んだ調査が必要とされるからである。

児童心理や福祉に何ら専門能力を有していない警察機関が調査を主体的に行うならば、適切な証拠資料の収集は、到底期待することができない。

ことに改正法は、少年に対する呼出・質問権を明記し、警察機関の取調べ権限を拡大しようとしているが、少年が他人の暗示や誘導に乗りやすいことを考えると、このような権限の拡大は、虚偽の自白を誘発する危険性を高めることになる。

さらに、公務所照会の権限を与えることは、警察機関に対し、継続補導している少年について、照会によって生活態度等の変化を確認することを可能にし、結局、警察機関が「在宅処遇」を行うことを容認する結果となりかねない。

(2) 警察官の児童相談所長への事件送致について

改正法案は、一定の事件について、警察官に児童相談所長への送致を義務づける規定を設けた。

しかし、このような規定を設ければ、児童相談所に通告した後も、事件送致の必要性を口実とした警察機関独自の調査を許すこととなる。その結果、これまでの児童相談所中心主義を弱める虞が強い。

(3) 小括

改正法案は、以上のような弊害や問題点に対する解決策について、十分に検討されることなく国会に上程されたものであり、従来から取り組まれてきた触法少年やぐ犯少年に対する福祉を著しく後退させるものに他ならない。

むしろ、児童相談所の児童福祉司、心理判定員等のスタッフの充実や非行問題に関する研修の強化、関係機関との連携強化を通じて、児童相談所による調査機能、相談機能、一時保護機能を強化することを図るべきである。こうした点について十分な検討をすることもないまま、安易に警察機関による調査権限を明文化した今回の改正法案は、到底賛成できないものである。

2 少年院送致年齢の下限の撤廃について

改正法案では、14歳未満の少年であっても少年院送致の保護処分ができるものとし、初等少年院・医療少年院の被収容者の下限年齢を撤廃している。

これまで、少年法が14歳以上の少年と14歳未満の児童を峻別してきたのは、14歳未満の少年に対しては少年院の厳しい閉鎖的な処遇より、児童自立支援施設の家庭的な開放的処遇がふさわしいとする児童福祉の理念を根拠とするものである。

ところが、改正法案のように少年院の被収容者の下限年齢を撤廃すれば、以上のような児童福祉優先の理念がないがしろされ、14歳未満の児童に対しても、安易に少年院送致という選択になりかねない。これは、児童に対する厳罰主義の途を開くものであり、賛成できるものではない。

14歳未満の児童に対しては、従来の福祉優先の考え方で対応していくべきである。この点、少年院は、そもそも閉鎖的・非家庭的な施設であることを考えると、少年院で福祉的な処遇をしていくには一定の限界がある。

本来なすべきことは、児童福祉施設である児童自立支援施設の充実であり、このような施策を講じることなく、安易に少年院送致の途に開くことについては、断固として反対する。

3 遵守事項違反を理由とする少年院等への送致について

改正法案では、遵守事項を遵守しない保護観察中の少年に対し、保護観察所の長が警告を発することができるものとし、それでも、少年が遵守事項を守らず、その違反の程度が重いときには、家庭裁判所が児童自立支援施設送致または少年院送致の決定ができるもとしている。

しかし、このような改正は、二重刑罰にあたるおそれがある。すなわち、そもそも、ある非行事実によって保護処分を受けた少年に対し、新たな非行事実もないのに、遵守事項違反のみを理由に異なる保護処分を行うことは、当初の非行事実に対して二重の保護処分を科すことになる。

また、改正法案による家庭裁判所の決定は少年法第3条の審判事由のどれにもあたらず、このような制度を設けることは、そもそも少年の保護処分を少年法第3条所定の事由に限定した少年法の趣旨を没却するものといえる。

さらに、初めて保護観察の付される少年などについては、少年の詳しい状況が分からないまま遵守事項が定められているのが現状であるが、このような状況で定められた遵守事項を基準に少年院送致が決定されてしまうことは、極めて疑問である。

そもそも、保護観察は、少年と保護観察官・保護司とが信頼関係を築いて初めて効果を上げるものである。信頼関係を構築するためには、少年院送致などの施設収容という「脅し」はむしろ有害である。充実させるべきは、保護観察の方法・人的体制(特に保護観察官の増員)であり、そのことをないがしろにして、安易に遵守事項違反を施設収容に直結させるのは間違っている。

4 結語

当会は、以上のような少年法の精神を没却する改正法案には、強く反対するものである。

2005年(平成17年)7月5日
和歌山弁護士会
会長 田中 繁夫