声明・談話

教育基本法「改正法案」に反対する会長声明

2006年(平成18年)11月14日
和歌山弁護士会
会長 岡田 栄治

政府が提出した教育基本法案(以下「政府案」という)及び民主党が提出した日本国教育基本法案(以下「民主党案」という)は、現在第165回臨時国会において審議中である。

しかしながら、和歌山弁護士会は、以下の理由により、教育基本法(以下「現行法」という)の改正に強く反対し、この両法案をいずれも廃案とすることを求めるものである。

1、教育基本法は、過去の不幸な戦争の経験から民主的で平和な国家再建の基礎を確定するとの日本国憲法の理念を実現するために定められた教育法規の根本法であり、不幸な戦争に国民を導いたことの大きな要因の一つとして教育に対する国家支配が存在したことへの深い反省から、学び成長する子どもを権利主体として認め、それを基本として国家による教育行政の濫用を戒めたものである。

すなわち、現行法第10条第1項は「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるものである。」と規定し、同条第2項で「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない。」として教育行政の役割を教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立に限定し、もって、教育が時の国家権力の政治的な意思に左右されずに、自主的・自律的に行われるよう保障しているのである。

ところが両法案は、現行法第10条2項の規定を敢えて削除し、さらに政府案は「教育は、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」とし、民主党案も「教育行政は、その施策に民意を反映させるもの」と定めるなど、国家が教育の「条件整備」を超えて教育内容の決定にまで政治的な意思を反映させることを許す内容となっており、極めて危険な要素を含んでいる。

2、また、政府案は教育の目的として「公共の精神を尊ぶ人間の育成」「道徳心を培う」「公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う」などを挙げ、民主党案も「公共の精神を大切にする人間の育成」「道徳心の育成」などの文言を使用するほか「世界平和と人類の福祉に貢献する人材の育成」を教育の目的に据えている。さらに、両法案とも、「わが国の郷土を愛する態度を養う」(政府案)、「日本を愛する心を涵養する」(民主党案)として、いわゆる愛国心について規定している。

しかし、「公共の精神」や「道徳心」等は、本来多義的な内容を含み、しかも人格形成に関わるものであり憲法の保障する精神的自由に属する事柄である。しかるに、両法案とも、これらの内容を国が定めて国民がこれに従う態度を求めることになるのであるから、憲法第19条及び子どもの権利条約第14条によって保障された思想・良心の自由を侵害するおそれが極めて高いと言わなければならない。

3、近時、東京都においては入学式・卒業式等の式典において、教育委員会の通達に基づき校長が教員に対し「日の丸掲揚」「君が代斉唱」に際し、起立、斉唱を義務づけ、これに従わない教員を処分する事態が続いている。

これに対し、東京地方裁判所は平成18年9月21日、上記通達及びこれに基づく一連の指導によって、教職員らに対し入学式・卒業式等の式典において、国旗に向って起立し、国家を斉唱することなどを義務づけることは現行教育基本法第10条の不当な支配に該当し、憲法第19条の思想・良心の自由を侵害し、違憲・違法である旨判示している。

このように、上記判決は、行政による教育への不当な介入と両法案の問題点を浮き彫りにしたものと言える。

4、文部科学省は、子どものモラル低下、学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下等の問題があることから、教育基本法を改める必要があるとしているが(文部科学省「教育基本法案について」平成18年5月説明資料)、これらの問題が教育基本法の不備や欠陥によるものであるとの検証は全くなされていない。また、民主党案も「新たな文明の創造を希求し、未来を担う人間の育成について教育が果すべき使命の重要性」と抽象的に述べるのみであり(民主党提出の「日本国教育基本法案」の趣旨説明)、同様の問題がある。

5、以上のとおり、上記両法案には重大な問題があり、和歌山弁護士会は、教育基本法の改正に強く反対し、両法案をいずれも廃案とすることを求めるものである。