声明・談話

憲法改正手続法案についての会長声明

2007年(平成19年)2月1日
和歌山弁護士会
会長 岡田 栄治

第164回国会に、自民党・公明党から「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(以下、与党案という)が、民主党から「日本国憲法の改正及び国政における重要な問題に係る案件の発議手続及び国民投票に関する法律案」(以下、民主党案という)が提出された。それらの法律案は昨年秋の臨時国会でも再度継続審議となったが、本年1月25日に開会された通常国会において、本格的な審議がなされることになっている。

しかし、これらの法律案には、国民主権、基本的人権の保障という憲法の基本原理からして、以下のとおり重大な問題点がある。

1、投票方式及び発議方式について

与党案、民主党案とも、憲法改正原案の発議にあたっては、「内容において関連する事項ごとに区分して行う」ものとし、投票は「憲法改正案毎に1人1票に限る」としている。

しかし、「内容において関連する事項」という概念は曖昧なものであり、全体が内容において関連するとして一括投票にかけられるおそれもある。従って、国民主権の原理に則り、各条項ごとに国民に賛否の意思を問う投票方法を原則とすることを明確にすべきであり、複数条項一括での投票は、これらを一括で投票しなければ矛盾し、整合性を欠くことが明白な場合に限定すべきである。

2、国民投票運動規制について

与党案、民主党案とも、国民投票運動を「憲法改正に対し賛成又は反対の投票をし又はしないよう勧誘する行為」と定義し、与党案は、裁判官・検察官・警察官等の特定公務員の国民投票運動を全面的に禁止し、さらに、公務員、教育者の地位利用による運動を禁止して、いずれも罰則を科すものとしている。

しかし、国民投票にあたっては、公務員を含めた全国民が、自由に意見表明することが最大限に保障され、意見交換がなされることが必要である。ところが、上記国民投票運動の定義では、憲法のあり方について解説したり意見表明することですら運動に含まれると解釈される懸念があり、また「地位利用」の概念も曖昧であることから、上記公務員や教育者の表現行為が萎縮しかねない。

公務員の地位利用による運動を制限する旨の規定をおかない民主党案も、国家公務員法にもとづく国家公務員の政治的行為の規制を国民投票に関し除外することは予定しておらず、憲法改正に関する発言が政治的行為として規制されるおそれが存在している。

3、広報の仕方及びマスメディアの利用について

与党案、民主党案とも、憲法改正案の広報に関する事務等を行う広報協議会の設置を定め、その構成委員は、「各議院における各会派の所属議員数の比率により各会派に割り当てて選任する」ものとされている。しかし、改正に賛成する委員が3分の2以上を占める広報協議会が、憲法改正案の要旨や内容の説明文を作成すると、賛成の論拠が強調して広報され、反対意見が十分に広報されないことになるのではないかとの疑念を生じさせる。広報は、憲法改正案をそのまま掲載し、各政党が同一に与えられた紙幅の中で、自由に意見を書き、そのまま掲載するのが、最も「客観的で公正かつ平等」である。従って、このような広報協議会の設置は不要である。

また、「政党に所属する議員数を踏まえて」各政党に無料で放送時間枠や新聞広告枠を無料で与えるものとしている。

しかし、賛否のいずれの意見も同等に表明できるようにする必要があり、国会の所属議員数の割合で広告できる時間数や広告枠に差を設けるのは不適当である。また、「政党等」以外の団体や市民に無料で放送や新聞広告ができるようにすることを検討すべきである。

4、発議後投票までの期間について

与党案、民主党案とも国民投票の期日については、国会が発議した日から60日以降180日以内の国会が議決した期日としている。

国民が憲法改正内容を正確に把握し、その内容について的確な判断をするための十分な国民的議論がなされ、一人ひとりに国民が将来の長きにわたっての国のあり方を熟慮した上で投票できるようにするには、国会の発議から最低でも1年の期間が必要である。

5、「過半数の賛成」の意義及び最低投票率について

与党案は、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票総数の過半数である場合に国民投票の承認があったものとする。また、国民投票が有効に成立するための投票率に関する規定は、与党案、民主党案とも設けていない。

この点については、憲法を改めることについて明確に賛成した国民の数を問題とすべきであり、少なくとも改正に賛成する者が、投票総数の過半数に達したときに憲法改正についての国民の承認があったものとされるべきである。

さらに、憲法96条が憲法改正に国民の「その過半数の賛成」を必要と定めた趣旨からは、国民投票が有効となる最低投票率に関する規定も設けるべきといえる。

6、国民投票無効訴訟について

与党案、民主党案の国民投票無効訴訟に関する定めは、提訴期間を投票結果の告示の日から30日以内とし、一審の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定している。

しかし、この提訴30日という期間は憲法改正という極めて重要な事項に関するものとしては短すぎ、少なくとも6ヵ月以内とすべきである。

また、管轄の限定も国民の裁判を受ける権利を不当に制限し、地域により不平等となるものであって不当である。

また、国民投票の無効事由が限定されていることは、不公正な憲法改正を防いで国民の権利を擁護する最後の砦である裁判所の機能を制限するものであって不当である。

7、結論

当会は、以上のような重大な問題点を有している与党案、民主党案のいずれにも反対するとともに、憲法改正手続法制定の現時点における必要性及び国民主権に基づいた真に国民のための憲法改正手続法とはどういうものかについて、国民の中で十分に議論が尽くされるまで、国会での審議を急ぐことのないように求めるものである。