声明・談話

災害対策のために憲法を改正して「緊急事態条項」を新設することに反対する会長声明

2016年(平成28年)6月16日
和歌山弁護士会
会長 藤井 幹雄

1 自由民主党が2012年4月に発表した日本国憲法改正草案には、緊急事態に関する規定(第98条、第99条)を新設するものとされているところ、安倍首相は、2015年11月11日の参議院予算委員会において、「緊急時に国民の安全を守るため、国家、国民自らがどのような役割を果たしていくべきかを憲法にどのように位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」と述べ、緊急事態条項の新設のための憲法改正が今後の重要なテーマになるとの考えを示した。そして、2016年年頭会見やその後の国会答弁の中においても、憲法改正に向けた姿勢を示している。

2 緊急事態条項とは、戦争・内乱・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対応できない非常事態において、憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限を行政府に与えるものであり、行政府への極度の権限集中を容認するものである。しかし、緊急事態宣言による権力の行政府への集中は、政府の権限濫用や人権の侵害につながる危険性を孕んでいる。だからこそ、日本国憲法は、54条に参議院の緊急集会の規定を置いており、緊急時においても国民から選ばれた国会議員による立法で対応しようとしているのである。

3 ところが、自民党憲法改正草案における緊急事態条項は、内閣総理大臣自身が緊急事態を宣言することを認め、緊急事態においては、内閣には法律と同一の効力を持つ政令制定権を、内閣総理大臣には財政支出権や地方自治体の長に対する指示権を与えるものとなっている。また、緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、国その他公の機関の指示に従わなければならないとされているのであって、政府に反対する表現行為が制限される危険性も飛躍的に高まることになる。

4 安倍首相は、地震等の大規模災害時への対応を強調し、緊急事態条項を憲法に新設する立法事実としている。しかし、大規模災害時の対応については、すでに法律で定められており、内閣総理大臣による緊急事態布告制度(災害対策法105条)、生活必需物資の価格統制や債務支払の延期(同法109条)、地方公共団体への指示権(大規模地震対策特別措置法13条1項)、防衛大臣の部隊派遣権(自衛隊法83条)、自治体首長の強制権(災害救助法7~10条、災害対策基本法59、60条、63~65条)などはその例である。今般発生した「平成28年熊本地震」においても、これらの条項で十分に対応できている。
「災害対策」のために、緊急事態条項を新設する立法事実は存在しない。

5 以上から、我が国において、少なくとも災害対策のために、憲法を改正して緊急事態条項を新設する必要はなく、むしろ政府による権力の濫用や人権侵害の危険を孕むものであるので、当会は緊急事態条項を新設する憲法改正に強く反対する。