声明・談話

民法の成年年齢引下げに反対する会長声明

2018年(平成30年)2月23日
和歌山弁護士会
会長 畑 純一

1 平成28年6月17日、公職選挙法の一部を改正する法律が施行され、選挙年齢が18歳に引き下げられた。これを受けて政府は、民法の成年年齢を18歳に引き下げることを検討している。

未成年者も当然に基本的人権を有しており、社会生活上必要な契約等の行為について親権者の同意を不要とする成年年齢の引下げには、未成年者の自己決定権の尊重という側面がある。一方、成長発達が未成熟であり、判断能力が十分でない者に対しては保護援助するべき必要性も大きい。

現在検討されている成年年齢の引下げは、18歳、19歳の者がこれまで未成年として受けていた保護や援助を不要とするものであるが、それほどに成熟しているのかについての検証はなされておらず、引下げによって生じうる様々な懸念が何ら払拭されていない。

当会は、現時点での民法の成年年齢の引下げに反対するものである。

2 民法の成年年齢の引下げについては、そもそも私法上の行為能力を付与するにふさわしい判断能力があるかが問題となるものであり、少年法、未成年者飲酒法、未成年者喫煙禁止法等の適用の基準となる年齢は、各法令の立法目的や保護法益に合わせて個別具体的に定められるべきものであって、選挙年齢に合わせる必要性はない。

また、成年年齢を定める基本的な法令である民法で成年年齢が引き下げられると、法令の立法目的や保護法益を捨象して、国法上の統一性やわかりやすさという単純な理由によって一律に成年年齢が引き下げられることになりかねない。

3 民法上、未成年者には親権者が法定代理人として、未成年者の未成熟な部分を補い、経済的自立をしていない者や自立が困難な若年者を親権者が保護しているが、成年年齢の引下げにより、その若者がさらに困窮する事態を招来しかねない。18歳を成年年齢とすると、多くの場合高校3年生の段階で成年になることになるが、成年に達した生徒については、親権者を介しての指導が困難になる可能性が指摘されている。

また、離婚の際の養育費については、成年に達したときを支払終期とすることが多く、民法の成年年齢が引き下げられることによって養育費の支払終期が早まり、いまだ稼働に至らない18歳以上20歳未満の若年者の生活や教育について経済的な悪影響がもたらされる懸念がある。

いわゆるブラックバイト問題に対して有効な、労基法58条が定める未成年者に不利な労働契約の解除権も、民法の成年年齢が引き下げられることによって18歳以上20歳未満の若年者が行使できなくなってしまう。

4 特に懸念されるのは若年者への消費者被害の拡大である。

すなわち若年者は、社会経験が不十分なことや先輩、後輩、友人等の人間関係の影響を受けやすいこと、また、被害にあったときの対応能力にも乏しいことなどから様々な消費者被害に巻き込まれやすい。

そこで、民法は、未成年者が法定代理人の同意を得ずに行った法律行為の取消を認めており、この未成年者取消権によって未成年者の保護を図ってきた(民法第5条第2項)。

この点、独立行政法人国民生活センターの平成28年10月27日付報道発表資料によれば、18歳から19歳の2016年度(2016年9月30日まで)の平均相談件数は2353件であるのに対し、未成年者取消権を失う20歳から22歳の同年度の平均相談件数は3544件と1.5倍以上に増加している。また、被害金額(既支払額)についても18歳から19歳では男性約15万円、女性約12万円であるのに対し、20歳から22歳では男性約29万円、女性約17万円と、いずれも増加している。

このように、未成年者取消権を失う20歳から消費者被害の相談件数、被害金額ともに急増しているのが現状であり、未成年者取消権は若年者の消費者被害に対して大きな予防機能を果たしていると考えられる。

したがって、民法の成年年齢の引き下げによって18歳、19歳の若年者が未成年者取消権を奪われれば、これらの若年者が消費者被害に巻き込まれる可能性が高まることは確実である。

5 また、若年者に対する消費者被害を防止するためには、若年者または消費者全般を保護するための法改正や、より一層の消費者教育の拡充が重要であるところ、我が国ではそのような施策の実施は現時点で十分であるとはいえない。これらの点については、内閣府消費者委員会成年年齢引下げ対応検討ワーキング・グループの平成29年1月10日付報告書においても、法改正による制度整備や消費者教育の充実などの検討が必要であると提言されているところである。

さらに、平成25年10月に実施された世論調査によれば、「契約を一人ですることが出来る年齢を18歳にすること」について、賛成が18.6%、反対が79.4%であり、成年年齢の引下げに対する国民の支持もほとんど得られていないことが明らかである。

6 以上のとおり、基本法である民法の成年年齢の引下げは、その影響は大きく、若年者の消費者被害の拡大を招く可能性が高いこと、法改正や消費者教育など若年者への消費者被害拡大を防止するための施策が十分でないこと、また、成年年齢を下げても18歳、19歳の保護に欠けることがないことの検証も行われておらず、また民法の成年年齢を引き下げることにより、20歳を法令の適用基準としている各法令の適用基準たる年齢を引き下げることにつながる懸念があること、成年年齢の引下げに対する国民の支持も得られていないこと等に照らせば、現時点で民法の成年年齢を18歳に引き下げることは時期尚早であるといえる。

よって、当会は、現時点において民法の成年年齢を引き下げることに反対するものである。