声明・談話

出入国管理及び難民認定法改正案に反対する会長声明

2021年(令和3年)5月14日
和歌山弁護士会
会長 田邊 和喜

本年2月19日、政府は、長期収容問題の解決等を目的として、出入国管理及び難民認定法改正案(以下「法案」という。)を国会に提出し、現在、審議中である。

しかしながら次に述べるとおり、法案は、長期収容問題の解決に藉口しつつ、難民申請者の保護を後退させ、人権を侵害するおそれが高いばかりか、一部については国際法上の原則に反するおそれがあるものである。

したがって、当会は法案について抜本的修正がなされない限り反対する。



1 まず、法案は、多岐に渡る広範な改正を含んだものであるにもかかわらず、収容するか否かは主任審査官が判断するとしていることや、収容期間の上限が設けられていないという問題があることについては、何ら改正がなされていない。

基本的人権である人身の自由の制限は必要最小限度であるべきであって、現行法を改正するのであれば、まずは収容の要件及び収容期間の上限を定めた上で、裁判所によって収容の可否及び期間を審査する制度を創設すべきである。

2 また、法案には、少なくとも以下のとおり重大な問題点がある。

(1)「収容に代わる監理措置」について

法案は、収容の長期化を防止しつつ収容しない者を適切に管理・援助する制度として主任審査官の判断による「収容に代わる監理措置」(法案第44条の2乃至9、第52条の2乃至7。監理人による監理に付する措置)を創設する。この監理人は、被監理者の生活状況の把握並びに指導監督を行い、一定の場合に主任審査官に届け出る義務を負い、届出義務に違反すれば過料に処せられる。そして監理人になる者としては、支援者や弁護士等が想定されている。

しかし、監理人の届出義務は、支援する者という立場とは相容れず、支援者は監理人に就任しがたい。また、依頼者の利益を守り守秘義務を負うという弁護士の職責と両立しがたく、弁護士も監理人に就任しがたい。このように、監理人に罰則を伴った届出義務が課される結果、監理人となる者は見いだしがたく、不必要な収容の回避という制度目的は達成できない。

また、被監理者が退去強制令書の発付を受けた場合、就労は禁止される。しかし、被監理者に対する公的な生活保障がないことや、難民不認定処分や退去強制令書発付処分の取消訴訟が相当期間行われうることなどを考慮すれば、就労は認められることとすべきである。

(2)送還停止効の例外創設

法案は、難民認定手続中の送還停止効に例外を創設し(法案61条の2の9第4項)、3回目以降の難民認定申請者等について自動停止を解除している。この点、日本は諸外国に比べ、難民認定率が極端に低いことが指摘されており、実際には難民に該当するにもかかわらず難民認定されない例が相当件数あると推測される。実際、初回申請で認定されず、複数回申請後に認定される例も存在する。

送還停止効の例外の創設は、本来保護されるべき難民を誤って本国に送還してその生命・身体等を危険にさらすおそれがあり、ノン・ルフールマン原則(迫害を受けるおそれのある国への追放・送還を禁じる国際法上の原則)に反するおそれがある。

(3)刑事罰をともなう退去命令制度の創設

法案は、送還を拒否する者に対する「退去の命令」制度(法案第五章第六節)を創設し、一定の要件に該当する場合にこれらの命令を行うとともに、命令に違反した場合は刑事罰(法案第72条第8号)を科することとしている。

しかし、退去強制令書の発付を受けた者の中には、日本生まれの子ども、日本人などの家族がいたりする等、長期間収容されたとしても帰国できない事情を抱える者がいる。また、難民申請者(申請3回目以上に限る。)のうち保護されるべき難民申請者も刑罰の対象にされてしまうおそれがある。さらに、退去強制令書発付処分又は退去命令の取消訴訟を提起したとしても、執行停止がなされるまでに退去命令の期限が経過したときは、退去命令違反が成立することとなり、これでは裁判を受ける権利を実質的に侵害することになる。

3 ところで法案は、これまで申請権がないとされていた在留特別許可について、新たに「在留特別許可申請手続」(法案第五章第三節の二)を創設するとともに、在留特別許可の許否の考慮要素として、法務大臣の裁量権を一定程度制約する効果が期待される「家族関係」や「本邦に在留している期間」などを明記しており(法案第50条第5項)、この点については評価できる。

しかしながら、これらの考慮要素の評価程度について何らの記載もないことは相当ではなく、特に積極的に考慮すべき要素として家族の統合及び子どもの最善の利益(子どもの権利条約第3条、9条、10条参照)を明記すべきである。これまでも多数の裁判例において、在留特別許可の許否を判断するにあたり、これらの要素が考慮されてきた。

また、1年を超える実刑の刑事処分を受けた者等は原則として在留特別許可を認めないこととしているところ、前科の存在はその内容により消極的な考慮事情要素の一つと位置付けることがやむを得ないとしても、日本にいる家族や定着性の存在が重要な考慮要素として考慮され、在留特別許可が認められることは珍しくなく、原則的な不許可事由とすべきではない。

さらに、手続に当たっては、申請者が意見を述べる機会、代理人を選任する権利などを明記するとともに、退去強制令書発付後の事情の変更を法的地位に反映させるための制度を整備すべきである。

法案については以上のように複数の重大な問題点がある。国連難民高等弁務官事務所も2021年4月9日付け見解で難民申請の送還停止効の例外の導入等に対し、重大な懸念あるいは懸念を表明しており、国連人権理事会の特別報告者も「国際的な人権基準を満たしていない」として日本政府に対し再検討を求める同年3月31日付け書簡を送っている。

したがって、当会は、法案について抜本的修正がなされない限り、これに反対するものである。