声明・談話

緊急事態時に国会議員の任期延長を認める憲法改正に反対する会長声明

2024年(令和6年)3月11日
和歌山弁護士会
会長 藤井 友彦

1 5会派による議員任期延長の憲法改正の議論

昨年、衆議院憲法審査会にて、緊急事態に国会議員の任期延長を可能とする旨の規定を設ける憲法改正を行う必要性の有無等について活発に議論された。改正に積極的な自由民主党、公明党、日本維新の会、国民民主党及び有志の会の5会派は、議員任期延長の対象とすべき緊急事態の範囲について、大規模自然災害、テロ・内乱、感染症蔓延、国家有事・安全保障、その他これらに匹敵する事態の5事態とし、このような事態の発生によって選挙実施困難事態がもたらされることを実体的要件とすること、内閣の認定と国会の事前承認を手続的要件とすることなどほぼ意見は一致している。

しかし、議員任期延長には以下の問題点があり、当会は国会議員の任期延長を認める憲法改正をすることに反対する。

2 議員任期の延長は国民主権原理に抵触するおそれがあること

憲法は、衆議院議員の任期を4年(45条)、参議院議員の任期を6年(46条)と定めている。これは、憲法が国民主権を基本原理とし(前文、1条)、公務員の選定罷免権を主権者である国民の固有の権利であると規定し(15条1項)、公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障し(同条3項)、両議院は、全国民を代表する「選挙された議員」で組織すると定め(43条1項)、主権者である国民が国会議員を自ら選出する機会を保障するためである。

すなわち、国会議員の任期とは、主権者である国民が国会議員としての地位・権限を付託した期間であり、国会議員が自ら付託された期間を延長できるようにしてしまえば、民主的正統性の基盤を危うくし、国民から権限の付託を受けていない任期切れの議員による国会とそれに支えられた政権によって法律や予算が次々と成立してゆき、国民主権原理に抵触するおそれがある。

3 議員の任期延長をしなくても、緊急事態に対応可能であること

(1) 参議院の存在と緊急集会

参議院は3年ごとに半数が改選されるため国会議員が不在となることはない。

また、衆議院が解散されると参議院は同時に閉会となる(憲法54条2項本文)が、「内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。」(同条2項但書)のであり、緊急時に対応することが可能である。なお、緊急集会において採られた措置は臨時のものであって、次の国会開会の後10日以内に、衆議院の同意がない場合には効力を失うため(同条3項)、臨時的・暫定的なものであるが、そうであるからといって失職した衆議院議員の任期を復活させて延長するということは、前記のとおり国民主権原理の観点から看過できない。

(2) 繰延投票による対応

衆議院解散後、総選挙前に緊急事態が発生した場合、被災地以外の選挙区は予定どおり選挙を実施し、被災地の選挙区で予定どおり実施できなくなったとすれば、議員任期の延長ではなく、公職選挙法57条の繰延投票を実施することで対応できる。そのために、選挙実施困難事態に備え、選挙人名簿のバックアップシステムの構築等の諸方策を整備すべきである(日本弁護士連合会の2017年12月22日付け「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」参照)。

(3) 衆議院議員の任期満了の場合も緊急集会は開催できる

参議院の緊急集会について憲法54条2項は「衆議院が解散されたとき」に求めることができると規定している。そのため、衆議院議員の任期満了の時に緊急集会が開催できるのかという指摘がある。この点、衆議院議員の任期満了の場合と衆議院の解散によって衆議院議員が不存在になる場合とを殊更に区別して取り扱う合理的理由はなく、いずれの場合も参議院が国会の機能を暫定的に担う必要性は同じであることから、任期満了のときにも「国に緊急の必要があるとき」には参議院の緊急集会を開催できると解され、これは憲法の趣旨に反しない。

4 議員任期延長を認めることによる弊害(多数派による濫用のおそれ)

選挙実施困難事態という要件はかなり抽象的である。より具体化するものとして「選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難であることが明らかである」という提案もなされているが、それでも抽象的であることは変わらない。その認定を内閣に委ねるということは、まさに政治判断であって内閣による濫用的な運用を可能にするものであり、国会承認という手続要件をもうけ、それが特別多数決であったとしても、多数派の利害や都合が優先し、民意を反映しないまま国会議員の固定化及び議院内閣制の下での内閣総理大臣の固定化をもたらすおそれがある。

5 結論

当会は2016年(平成28年)6月16日に「災害対策のために『緊急事態条項』を新設することに反対する会長声明」を発出しているところであるが、当会は緊急事態時に国会議員の任期延長を可能とする憲法改正についても反対するものである。